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「…………」

今日も一日中やることがない私は読書することが私の日課になっていた。

典型的な現代の読書離れの私だったが、ここ何日かで何冊読んだことか。だってすることがない。ベットから見えるこの部屋唯一の窓を覗いても、色鮮やかな花々や力強い木々、青々と茂る芝生が永遠と見えるだけで、はじめはこの果ての見えないこの屋敷の庭の広大さと美しさに感動していたものだけれど、さすがに毎日見ていると感動も薄れてしまう。私がいる部屋は二階の右端辺りに位置するらしく、庭以外の景色は見えてこない。必然的に空想の世界に浸ざるを得ない。本のページを捲るペースも段々と速くなってきている気がする。


私はベットを折り、空のベッドの間を裸足でペタペタと縫い歩き、部屋の端に向かう。そこは少し古くなって塗られているニスがはがれてしまっている机、その上に散乱する分厚い本や何らかの書類。回転式のイスは見当違いの所に行ってしまっている。そこから壁伝いに何百とも分からない瓶がところ狭しと並んでいる大きな棚がある。そこに私の目当ての人がいた。何やら瓶を取り出し中身を確認する作業をしているようだ。

私に気づきもせず何やら熱心に作業をしている背中にそっと近づく。しばらくそのままに状態で作業を背中越しに見つめていたが、私には何を行っているのか皆目見当がつかない。
邪魔するのもなんだか悪いので終わるまで待っておくことにした。



一段落したのか瓶を戻し、小さくため息をついて此方に向き直った。まっ白い白衣が少し翻る。ここで私に全く気がついていなかったアレクさんは私を目に収めると少し驚いた顔をしてすぐに無表情に戻った。私の全身を観察するように瞳を動かしたあと、口を開いた。

「居たんですか、ああ、もう夕食の時間だったでしょうか?
失礼いたしました、なにぶん集中すると周りが見えなくなる性質でして

少し待っていてください、今持って来させますから……」

間髪入れずにキッチリと下までボタンをとめている白衣のポケットから、シンプルな黒く光る携帯電話と思しき物を取り出す。
それを見て慌てて上げた手と首を左右に振り、否定を表す私。

手に握りしめていたスケッチブックの文字をおずおずと見せる。

『もうお借りした本がすべて読み終わってしまって
もしよかったらでよいのですけど新しい本を貸して頂けないでしょうか。
なるべく今回のシリーズの続きが良いのですけれども』

毎度毎度、人に頼みごとをすることは少しきまずい気持ちになるので、少しの愛想笑いをむける。
私に暇つぶしの本を持ってきてくれるのは専ら日常生活の世話を焼いてくれている目の前に人、松山さんだった。この大きな豪邸のような屋敷には書室まで備え付けてあるらしく、そこから日本語表記のものをチョイスして持ってきてくれる。はじめは典型的な日本を代表する文学作品を持ってきてくれていたがリクエストをしたらさまざまな本を探して私に渡してくれるようになった。松山さんはあまり喋る方ではないが出てくる言葉が丁寧なくせにいちいち少し毒が含まれている。最初はとても怖くて、もしかして、私嫌われている?と気まずく感じたが、それが標準装備らしく、今ではもうそれに慣れ無理に気にすることもなくなった。むしろいまでは生活面もろもろ世話になりっぱなしなので大きな感謝を感じている。

アレクさんはやっと合点が行ったのか、自身の少し長めの真っ黒い髪をさらさらと掻きあげて、如何でも好さそうに分かりましたとそれだけを言った。その後の少しの沈黙はいつものことなのでスルーする。

「しかし、ずっと私を観察していたのですか。
声をかけて下さればよかったのに。
私には見られて喜ぶような趣味はないんですがね」

つらつらと言い放つ松山さん。しかし無表情で言うのでちっとも不快そうには見えない。が、実際には気分は良くないだろう。
私は慌てて弁解をする。

『何をなさっているのか少し気になっただけです
気分を害したならすみません
おじゃまするのもどうかと思いまして』

そんな私をみたアレクさんは呆れたようにため息を一つ吐いて、医療器具薬品の整理をしていたんです、という。

「ここは医療室ということはあなたでもお分かりになりますよね。
ここの担当医である私がここをいつも最善の状態にしておくのは当然のことです」

『いりょう?』

学校の保健室のようなところであるのだろう。そんなところまで完備されているなんてこの屋敷は何たる豪邸だ。しかし、四六時中ここにいる私はまだかつてここに来るはずの怪我人やら病人やらは一度も来ていない。ましてやここにはアレクさん、ディーノさんにロマーリオさんしか訪れない。今までよくは考えなかったがおかしなことではないか。


「ボスに感謝することですね」

アレクさんはでは、とさっさと部屋を出ていってしまった。

よく意味が分からず、大人しくベットに戻ることしか私には出来なかった。



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