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私は、相変わらず、今や私の専用の物になってしまったベッドから抜け出せないでいる。

熱は回復したが、暫く病室から出ていない。出ようと思っても足にまだ本調子ではないようで少し歩くと痛みが走るので、あんまり遠くには行けない。しかし、それは単なる言い訳で、正直出たくも無かった。
時々通る人の気配、話し声。ディーノさんや松山さんは優しい人たちだと分っているけれども、あの恐怖が頭をこべりついて離れない。下手に出歩いてもし誰かに鉢合わせしたらと怖くなる。あの、強面の男の方達が、私を追い詰めて捕まえてまた、酷いことをするのではないかとそのイメージを思い出すたびに私は恐怖を味わった。
だったらこの閉鎖された何もない、だけれども確実に安全な空間に閉じこもっている方がずっとましだと私は思う。私の行動範囲はこの部屋だけで、恐怖に怯えながら私はそれでも一丁前に暇を持て余していた。
本当は、ここから出て家に帰りたい。帰れたら、強面の男の人たちがちらりと見えただけでこんなにも怯えなくていいし、この良く分からない、地に足が付いていない、漠然とした不安など無くなってしまうだろう。いい加減なにも連絡もなく居なくなった私を家族や友達が心配しているだろうし、もしかしたら警察にまで連絡して私を探しているかもしてない。そんなことを思うと心臓がギュッとしまって泣きたくなる。

ここに来てから二週間は過ぎたと思う。いつまでもここでお世話になるわけにもいかないし、むしろ早く返して欲しいのに、様子を伺いに来たディーノさん曰く、事情によりまだ私を返すことが出来ないんだという。またもや申し訳なさそうに誤ってきたので、強く言うことができない。わかったと頷くことしかできなくて、私の中の歯がゆさは溜まっていくばっかりだ。本当は攻めたい、詰りたい、縋って、早く家に帰りたいと叫びたい。でも、あの優しい人を責めるのは心のどこかで咎める自分が居る。

ディーノさんは、事あるごとにちょくちょく私の処へ遊びに来る。ある時は休憩しに来たと言って私に部下さんたち(あったことないから誰だか全く分からないんだけど)の自慢や愚痴などを言いに来たり、彼が興味があるらしい日本のことを聞きに来たり、いなくなったエンツィオというペット(犬?の名前だろうか)を捜索しに来たり、つい昨日なんてティータイムだと言ってわざわざケーキと紅茶を持参して部屋に来た。今やベッドの虫と化している私はベッドで窓の外の庭を見ているか、アレクさんが貸してくれた本を眺めていることしかすることがなかったし、正直暇だったからディーノさんの訪問は嬉しかった。私の事を忘れず気遣ってくれる彼の優しさに、私の不安も少し和らいだような気になった。
私に、新しい、お知り合いが出来た。ロマーリオさんと言う、お髭のダンディーな大人のおじさまだ。なんでもない話をディーノさんから聞いていると、いつもそこへ仕事途中でまたも抜け出してきたらしいディーノさん捜索中のロマーリオさんが部屋に乱入。ディーノさんを引きずって部屋を出ていく。その様がとってもほほえましい……のか?ロマーリオさんは彼の腹心の部下で、いろいろ彼のフォローに回っているらしい。苦笑しながら私にいう彼によると、ディーノさんは私のことを妹ができたようで可愛くてとにかく構いたいらしいと、密かに教えてくれた。ちょっと騒がしいのは勘弁してやってくれ、と。妹って………色々突っ込みたい気もするが、ディーノさんの私に対する優しさが同情だけではないと知って、私は何故だか少しうれしい。負担になっていないなら、良いんだ。

ディーノさんはいい人だ。
多分、此処では私の一番の味方で、何より、私にちゃんと約束してくれた。家に私を返してくれると。今はそれだけで十分だと思う。十分だとは思うのだけれど……



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