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騒動は沈静へと向かっていた。荒されたシノギの奪還、真偽のいり混じる風評の飛び交う市街へのフォロー含めた顔見せ、首謀者への処遇とう。キャバッローネボス、ディーノとそれを支えるロマーリオは睡眠時間を代償に事態の収拾に奔走している。

ファミリーの為とその身をやつすディーノ。目の下には立派なくまを作り報告書に目を通す。デスクの黒電話がけたたましい呼び鈴を響かせた。
膨大な書類の山に押しやられていた電話の受話器を掴み、耳に飛び込んだ部下からの一報。
安堵が胸を満たす。
善良市民を恐怖の底の貶めそしてディーノの悩みの種だった件が今、収束を迎えたのだ。中小マフィアを狙った大量虐殺、主犯の男が遂に捕えられた。

名は「ロクドウムクロ」。詳しいことはこれから明らかになるだろうが、真っ先に知らせた部下の話では自身のファミリーの仲間をその手で下した前科があるという。裏切りは界隈では一番ご法度とされる行為の一つ。無差別殺人など、気が狂っているとしか考えられないが一番にその男が贖われるべきことは自分の義理立てるべき相手を屠ってしまったことだ。それが一番罪深い。幸い、キャバッローネに被害は無かったので其れに関しては泰然と構えていられた。
この快挙は正に、キャバッローネボスとしての面目躍如だった。キャバッローネの縄張りに拠点があると言う噂が流れ、ここぞとばかりに足も掴めない状況をキャバッローネの責任され、不手際を他方か、責めたてられた。そして、どうにかしろと来たものだ。
いい気なものだ。非難号号の重鎮達に囲まれながら、ディーノは内心業を煮した。狸達は若くしてボスの座についたディーノをやり玉に上げたいだけなのだ。だからキャバッローネボスは耐えねばならなかった。それも今日まで。
この一件でキャバッローネ、そしてキャバッローネボス、ディーノへの認識を変えるだろう。

深いためいきと共に革張りの椅子に身を沈ませる。
ピンと気を張り詰めてい通しだったので感じなかった疲労や四肢の重さが襲ってくる。
ことり、と目の前に茶けた湯呑が置かれた。ロマーリオはゆったりと頷いて自分の分を啜る。暖かなグリーンティー。有り難く其れを頂いた。

味のある土色の茶器である「ユノミ」で啜る渋めの一服は仕事の後には格別のご褒美だ。
始めはこんな苦い物誰が飲むかと犬猿居ていたが騙し騙し飲まされ、今はその苦さも通である。どうにはいった作法。
フジヤマを一気に駆け上る様な忙しさに精魂尽き果て、ドッと疲れが肩にのし掛かってくる。

自慢の部下たちは手となり足となりこの一件でとても良く働いてくれた。自分を立ててくれた皆が居るからここに居る。
感謝してもし尽くせない。
其れに報いることが出来た。顔を触る暖かな湯気にホッと常時緊張していた肩から力が抜ける。
張り詰めていた糸が切れ、限界を迎えていた体に眠気を覚える。しぱしぱと瞬きをして眠気を追い払おうとしたが、身体が泥のように重い。見咎めたロマーリオがそっとディーノの肩を叩いた。

「ボス、少し仮眠を取ったらどうだ?」

「お前が働いてるのに、オレが休む訳にはいかねーだろ」

「ボスが休んだら、俺も上手い飯でも食べに行かせて貰う。根を詰め過ぎても、逆効果だぞ」

「わかった‥‥じゃあ、少しだけ部屋に戻らせてくれ、二三時間したら戻る」



本当はこのまま倒れたいくらい疲労はピークに達していた。
ディーノはのろのろと2日ぶりに執務室を出る。
インクの匂いの篭った部屋から抜け出して、少し気分がよくなった。
眩しく頂天の登った太陽の光から廊下の窓枠が暖かな色の四角を切り取って赤い絨毯に差し込んでいる。
鳥の鳴き声に春を感じる。カーテンの揺らぐ窓に手を付いて空を見やった。
霞の雲が真っ青に遊びを付けて、清々しい陽光に目を細める。
冬から覚めたばかりのまだ初々しい初春の日和。
坊っちゃんと階下から呼ぶ声がしてディーノは身を乗り出した。庭師の爺が長靴に麦わら帽のちょっと気の早い井出立ちでホースを持ってディーノに向かって顔を皺くちゃにしていた。
齢今年で八十を過ぎる、自分が生まれた時から爺だった庭師。やんちゃなディーノを良くかまって可愛がった。オイデオイデをする好々爺の誘いに乗って、一階まで下りてきてしまったディーノ。何も知らないものとの実にならない話が今自分を掬ってくれるものの様な気がした。

「せいが出るなぁ、今年も綺麗に咲きそうか?」

「楽しみにして下さい、坊っちゃん。
みんな、坊っちゃんに見て貰いたくて今かと待ってますからねぇ」

「それは楽しみだな」

平和な会話に心が和む。老爺は筋張った指を指す。

「見てくだせぇ、坊っちゃん。少し遅れてチューリップの芽が顔を出しましたよ」

「去年植えられた球根なんですよぉ‥。
世話をするもんが居らんくなって、私もすっかりわすれておりましたので。でも、植物は強いですねぇ、なんもせんでも、こうやってちゃあんと、自分で出て くるんですから」

「そう、だな」

「あの気のやさしいお嬢ちゃんが知ったら、さぞ喜んだだろうにねぇ‥‥‥何処に言っちゃったんだろうにねぇ‥‥

悲しいねぇ‥‥‥‥悲しいことだねぇ‥‥」




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