6


支えてくれる誰かはおらず、暗いへや、ポツンと、ひとり。
きつく拳を握り締めて、胸の痛みに耐えていた。孤独を身に染みて感じた。皆、何処に行ってしまったんだろう私を置いて。なんで、私、ここにいるんだろう。





幾ばくの後、室内は強烈な人工の光に晒された。訝しんだ誰かがスイッチを入れたらしい。その人はぼうっと空を眺めていた私の顔を覗きこんできた。開いた瞳孔に強烈な電光は刺してくる。光に慣れてくると、誰かを判別することが出来た。

「あ‥‥」

話すのも顔を見るのも幾月ぶりか。
キャバッローネの右腕、ロマーリオさんの難しい顔を如何したら良いか分からず、ただ見返す。硬い皮膚の節くれだった指が私の拳を石見たいに固まった指の丁寧に開いた。強く握り過ぎて出血している。覗いた真っ赤な私の愛用ナイフを私の手の上から抜き身の歯ごと手のひらで危険物を隠した。

「ど、どうしよう、どうしようロマーリオさん」

私を受け入れる態度の大人にどうしようもなく途方に暮れて、是が非でもなくすがり付いた。
スーツの胸あたりに皺を作る震えの止まらない手は赤い液体で汚れていた。汚い、汚しちゃった。握る力を緩めたが、逃したら終わる。何もかも。

「ゆっくり、話してみろ」

「私、もう、わかんない!頭おかしいんです、もう」

ロマーリオさんが黒い汚れよりも私の目を見る方に神経を注いでいるから免罪符を貰った気持ちで安心して体重を委ねた。心底ホッと息がつけた。落ち着け、と背中を撫でられ、高ぶった神経は収まりを見せない。パニックに陥って、支離滅裂にマーモンちゃんが、とかどうしようと頭の中を回っている。落ち着け、どうしたんだ自分。理性のタガが外れて、視界と頭がスパークを起こしている。ロマーリオさんは勿論当たり前だけど私のうわ言に注意を向けることなく、私の開きっぱなしの瞳孔、浮かぶ脂汗を痛ましいものを見る目を向けながら拭った。


「すいません、大丈夫です、収まりますから、ちょっと待って下さい」

「ユイ、しっかりしろ」

「なんでも、ないです。驚かせちゃってすいません」

「なんでもないって……」

「違うんです、本当に……」

私、本当に変だ。
ロマーリオさんの支えを断って自力で立ち上がろうとするけど、腰が据わらず立てない。

「うあっ……」

前に付いた両手に力を入れるが、かくんと肘から崩れる。ぐら、と揺れた視界で、捉えたもの。我が目を疑った。怪我をした反対の手、右手が無かった。
悲鳴にならない叫びを上げる。次の瞬間には戻っていてまじまじと手を光に透かして安堵しかけたが、そうではなく私の手首から先は、荒いホログラムの様に像が揺れていたのだ。像を作ってはぶれ、戻ってはぶれを繰り返していて、まるっきりさっきのマーモンちゃんの…………何これ、私、どうなっちゃったの?!何が起こっているの?!
驚愕の顔でロマーリオさんが私を見ているのに気が付いて、

「見ないで下さい!!」

おぞましい物はブラウスの下に隠した。見られてしまった。規格外で、普通なら有り得ない現象がわが身に怒っていると言う現場が。

「ユイ……これは……!」

「何よお、どういうこと、なんで………ロマーリオさん、どうしよう、見ないで」

手応えは有るのに、有る筈の身体がない。蹲って抱いている直ぐ横の肘を見た。浸食は上に上に上がって来て、何かから逃げようと足をバタつかせたら、スカートから見える膝の側面はぼろぼろ粒子が逃げて行っていた。

「いやああああ!!」

私は何なの、これはどういうことなの。私が崩れて行く、消えちゃう。尋常じゃない恐怖に思考が支配され、がくがくと体を震わせて最後の時を待つ。

「ユイ!!!」

我に返ったロマーリオさんが私の名前を呼んだ。
怖いよ、怖いよう怖いよう怖いよう。

「ディーノさんには言わないで、ローマリオさん………お願い……」

こんなの見られたら、ディーノさんに嫌われちゃうかもしれない。いやだ、知られたくない。私はやっぱり、文字通り『異物』だったんだ。何しても、私は無駄だったんだ。



ああ、なんて、滑稽。



視界まで奪われ、ふうと力が抜けるのを感じた。
もう、自分を探す事が出来ない。私、死んじゃうんだ。

引きこまれる様に意識が朦朧として、呑まれていく。

遥かな深淵へと。死ぬことは眠ることと同じなんだ、意外な発見だ。
だったら怖くないかなあ。猛烈な睡魔は私を否応なしに引っ張っていく。これで、良かったのかもしれない、とふと諦めに似た端的な感想に安堵した。

辛い思いももうしなくても良いんだよね。私、すごく頑張ったよね。そうでしょう?
それに、そんなに悪くなかったかなあ、キラキラ綺麗な物が確かにこの胸にたくさんあるから、ちょっと終りには惜しい気もする。そう思える自分は不幸なんかじゃない。なんだ、今頃気が付いたの?馬鹿だなあ


ふっと最後の一呼吸を終えた。静かに目を閉じて、長い長い旅への誘いに旅立つ。





静かに暗い、更に深みへ、私は落ちて行った。



それは

長い長い旅の

終着点。




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