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私を掴む手と、見つめる目が余りにも切実で胸が全部吹き飛んで忘れてしまって、ガラス玉のように透き通る瞳の中が揺れる。

「今日は特に冷えますね。ほら、手もこんなに冷たい」

私が少し触れただけで、手袋の彼の手は小さく痙攣した。

「熱い、コーヒーでも出しますよ。どうです?寄って行かれませんか」



マグを二つ、一つは彼に、もう一つは自分に。
舌が火傷するぐらいの物を啜ると冷え切った体に温かさが染みいっていく。
私がまたお客を連れて来た事で、下の店の方々は大騒ぎだった。
強面の男どもに打ち解けて話す女を普通だとはとてもじゃないけど思えないだろう。何処かの御息女の家出娘か。はたまたその筋の娘か。女将さんは厄介事は持ち込まないでくれと良い顔はしていない。この調子だと、ここを追い出されるのも時間の問題かもと思うと頭が痛かった。

スクアーロさんはまず私の生活ぶりを物珍しそうに物色した。雨風凌げなら何でもいい。すき間風は入る、裏部屋は剥き出しのままで最低限の家具もない。前とはほど遠い粗悪な環境に引いたりしないか心配だった。だから、何とかちゃんと生活してんじゃねぇか、そう言われた時は何だか意外だった。
思えば、舌の肥えている彼にとっては私の入れる薄いインスタントのコーヒーなど泥水も同然だと、一口飲んでマグカップを叩き割るぐらいしそうなものなのに美味いとは言わないがそれを黙って飲み下している。

「あのぅ、どうかしましたか?」

「ああ?」

「なんか、大人しいスクアーロさんなんて…
何だか気持ち悪いです…」

湯気が出るほどのゲンコツを頂いてしまった。スクアーロさんは振りかぶった拳をわなわな震わせて怒りのマークを米神に付けて、

「まったく、こっちが殊勝に構えていれば……

テメエと話してると締まらねぇ」

私も同感デスヨ。スクアーロさんとの会話は何時も主旨からズレる。

「そういえば、すごい偶然ですよね!
この人口うん万人のイタリアで偶然合うなんて。

お仕事か何かですか」

「当たり前だろうが、仕事だぁ仕事!
それ以外に何がある」

聞いただけなのに何故私は怒鳴られなくてはならないんだろう。せっかくの笑顔が引き攣る。理不尽だ…。
しかしエスカレートする『あの事件』のためにこんな小さな町にスクアーロさんが赴いたと言うのは想像に易い。隣町でもそれは起こった。
そしてあれから、拭いきれない不安。日毎にまして私を苛んでいる。考え過ぎだと言い聞かせるても、ダメだった。

どうしよう、話す可きだろうか。

「あの、スクアーロさん達が探している人って……」

言いかけて止めた。
しかしスクアーロさんは言ってみろと目で促しているが、うるさげに嫌々傾けられる耳に私の勇気も萎んで行った。
そうだ、考えるのも馬鹿らしい。
何でも自分の思考の及ぶ範囲で解決できるなんて馬鹿なことは無い。
浅知恵だと馬鹿にされること請け合いだ。
ぐるぐると吟味するほど自分の浅慮さに嫌気がさした。

「………妙なこと考えるんじゃねえぞお
ガキには関係ない話だ」

スクアーロさんは私に不用意に溢したのを後悔していて、デフォルトの舌打ち、忘れろと私の頭を乱暴に叩いた。

そうだ、スクアーロさんの言うとおり。私に出来ることなど何もない。
不用意に首を突っ込んで痛い目見るのはもう懲りたじゃないか。なるべく冷静な行動を心がけたい、感情に任せて行動してもろくな事にはならなかったんだから。
スクアーロさんはそれにと付け足した。

「俺は跳ね馬に恨まれるのはごめんだからな」

「さあ……

もう、私のことなんか忘れてるんじゃないですか?」

卑屈に聞こえたかな。気まずい沈黙、覚めたコーヒーは香が無くただ苦い。飲むのは諦めてマグを卓上に置いた。
こういう時に、私は何で誤魔化すとか楽しい冗談を言うとか、そういう事が出来ないんだろう。虚勢は図星を指されると途端に崩れてしまう弱いものだ。



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