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ディーノさんは、私の心を砕く事に関しては天才だ。これはもう絶妙。

「ユイさん、俺何かまずいことしちゃいましたか」

私だってわかっているんだ、悪気の無いことくらい。これは私への心配とけして切れない情の表れなんだろう。
私はこんな冷たい手切れ金見たいなお金より、大丈夫か元気でやってるかの一言でもいい、一枚の手紙方が何百倍もうれしかったのに。
それから少し話して、店を出ると大分暗くなっていて、気温もぐっと下がって私はエプロンのみの軽装で出て来たことを後悔した。見を切る様な寒さで手はじんじんする。マッテオさんはちょっと気の弱い心が細やかなまま、距離をはかりながら何を聞くでもなく和やかなお喋りの時間を過ごした。冷たさに肺を馴染ませるために自然と口数が少なくなり、心なしか静寂が気まずい。もう冬も真っ只中だ。あそこを出た日はからっと晴れた秋空で金盞花の黄色が美しく、私を慰めた。
茶封筒は速やかに返却した。これはただの維持だ。金銭的面でこれ以上世話になりたくない。忘れられていないってことはわかって嬉しかった。維持でも頑張ろうと言う気になりましたよ、逆の意味で。

「…本当に参っちゃいますよ
俺達が会いに来た時より、嬉しそうな顔するんだもんな…」

「え、何がです?」

「俺にそれを言わせるんですか、ユイは何気にひどいんすよね…」

マッテオさんは複雑そうだ。早く忘れたいと思うのに、からっぽだと思っていた自分にこんな、嫉妬だとか悔しいとか、寂しい、嬉しいを思い出させてくれるんだ。
吐く息は白く、マッテオさんの黒い髪が冷たい北風に煽られて舞う。私が小さくくしゃみをすると、自分のコートを優しくかけてくれた。人の温もりが残っていて暖かい。礼を言うより早く、前の大きなボタンを下から止めて貰って私はもこもこだ。それにしても距離が近い気がする。

「最近、俺何か不安なんすよ…ボスも、兄貴も、ユイさんまで居なくなっちゃうし…」

「え……なにかあったんですか?!」

「違いますって、俺がただ焦ってるだけで…仕方ないかも知れないけど、何かしてないと取り返しのつかねーことになりそうで…俺、少し変ですかね。つかこれじゃあユイさん余計に不安にさせちゃいますね」

ちょっとびっくりしてしまった。それなら私もわかる気がする。毎日の変化に順応するのに必死で、それに心が追い付いてこない。だから、私は未練たらしく何度も昔の夢を見て枕を濡らす。なんだ、それは私だけじゃなかったんだと安心する。


「私も、何となくわかります…」

「へっ?!本当ですか…?なんか意外ですね!ユイさん何時も淡々としてるっつーか何でも出来る感じで。
悩んだりとかしなさそーって、すみません!何時もテキパキしてるイメージだったんで」

「そりゃー勿論ありますよ!私どんな完璧人間なんですか」

「もっとユイさんは我が儘言ってもいいと思うすけどね、俺は」

「はは、まあ…」

何時から私はこんなにいい子ちゃんになったんだろう。天真爛漫で無邪気な私はあの日から何処かに消えた。
我が儘でいられたなら私はこんな場所にいない。私はまだ十代後半なんだから、学校にだって行きたい、放課後帰りに友達と寄り道したい可愛い流行りの洋服が来たい部活に励んで甘酸っぱい等身大の恋がしたい。
今の私では到底許されないし、もう一生味わえる見込みもない。
そのぐらいのはした金、頼めばどうにかしてくれただろうし支援も受けられた。

それさえも拒否したのは、対等でいたかったから。
馬鹿みたいだと思うけど、自分に自信の付いた何時の日かには真っ正面からあの家を訪ねる、そんな夢を見ていたいんだ。

そしたら今度こそ、私の一番の我が儘も言える気がする。

「だから、説得しに来たんです
俺、兄貴みたいに物分かり良くないですから
ユイさんはこんな場所にいるべき人じゃない」

何を維持になっている帰ろうと促すマッテオさんには悪いが私は諾とは言わない。一から自分の心中みたいなのを話すのも恥ずかしいので曖昧に言葉を濁す。
焦れて、また来ますからと苛立たしげに言い捨てたマッテオさんの後ろ姿を見送ったときは、コートを羽織っていたと言ってもすっかり体も冷え切っていた。かりたこれはまたその時受け取りにくるつもりだろうもしくはわざとおいて言ったか。

まいったなあ、と思う。
帰って来い帰って来いと連呼されればその気になると言うものだ。心を頑なにしなければ、その甘い誘惑にのってしまいそうだ。明日の食費の工面について頭を悩ませることもしなくていいんだ。

店は私を待たずに時間きっかり閉められて、これはもしかしたらクビかなあと全く他人事だ。

後悔はしてないなんて、そんなの嘘だ。
最もらしい言い訳を付けてるだけで。

何でこんなところに居るんだろう、私は。
カルロさんの言葉が何故か痛くいつまでも、耳にのこっていた。



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