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今の繋がりはこれだけ。何冊かもってきたスケッチブックを取り出し開くと今は遠い、喧騒、愉快な笑い声、絵一つ一つに思い出が蘇る。ふと笑みがこぼれる。与えられていた物がどんない大切な物だったか、それに気づこうともしないで、無い物ねだりだった。心は温かい何かで一杯なっている。戻れるならとは思わない。しかし、懐かしいなと思うぐらいは良いんじゃないかと思う。距離を置いてみて初めて分かること。私は幸せだったと。ディーノさんは何も無いところでコケて私を巻き込んで泥だらけになった、アレクさんの嫌みを聞きながら数学の問題を解き、ロマーリオさんは私たちのやんちゃに困った顔をする。可笑しい冗談で笑わせてくれたみんな、お陰で寂しさはあまり感じなかった。
与えてくれた、大切な物。皆が居た、一人じゃ無かった。それが有れば、一人でも強く生きていける。
腕の中の思い出をしっかり抱きしめた。未だ上手く回らない右薬指は生活には支障が無いが筆を持つには痛みが伴い、私はここ暫く一度も癖とも習慣とも言える趣味に興じて居ない。その時間も余りなかったが。自分の下手くそな絵を目の前に、温かさの縁に縋れながら夢想に浸るのが私のもっとも安らぎの一時。
明日から、また、同じような慌ただしい一日がやってくる。今の自分には何もないけど。
そうやって、胸に沈めた行き場のない未練と感傷に起きてくれるなと言い聞かせて明日の生活の必要事項だけを見据える。
アレクさんの言い付けに従い勉強だけは続けていた。知識は身をたすくだそうだ。ノートとボールペンのインクが足りない。それらも湯水の様に涌き出してくるわけじゃない。当たり前だけど。

自分の苦しいとか悲しいとかを無視することには慣れていた。それに溺れて自分を慰めてみても誰も助けてくれないと知っていたから。

しかし、鬱屈した感情の歪みが私に何を齎し、結果行き着く先を。先のことを考える余裕などなかった。


「ユイ、ユイ、あんたにお客だよ」

興奮しきった様子のフロアに入っていたヤナさんが厨房に飛び込んで、私の周りは目まぐるしさを取り戻す。決して逃しはしないと、私を放って置いてはくれないんだ。

私は泡だらけのパスタ用の平大皿を落としそうになった慌てて膝と肘で受け止め、ヤナさんはちょっと気をつけなさいよと私を窘める。どうも雰囲気に馴染めない新入りを持て余しているらしく、あからさまな態度には出さないが、そのヤナさんが大声で私の名前を呼んだのだ。

「お客って誰です?オーダーミス…」

「男が二人、あんたを出せって言ってんだ。人ちがいじゃないかって言ったんだけどな、引きやしないんだ
それがねぇ…いい男なんだよ、あんたいつの間にあんな上玉何処で引っ掛けたんだい」

「引っ掛け、て私、心当たりは…」

「だろうね、ま、多分人違いだから顔見せりゃ諦めるだろ。嫌なら、私が行ってくるけど?」

店に出れば、見覚えのある二つのシルエットが私を一時硬直させた。その驚きの度合いったらない。口は開きっぱなしのオーの字だ。
一人が私を見つけるや否や、ぶんぶんと大きく手を振る。明るい色のアロハシャツと赤毛が異色を放っている。バカンス帰りみたいで浮いている。

「やっほ〜〜!ユイちゃん、元気だった?会いたかったよ〜〜」

人目も憚らず店内で私に追いかぶさるように抱きつくので食事に会話に専念している筈の人たちの視線が私を驚き凝視している。この軽いノリ。随分と久しい。
「ちょ、カルロさん!?どうしてココに!」
何でアナタが?!視界に揺れる柔らかい赤髪の向こうで、もう一人が所在なさげに会釈をする。

「マッテオさんまで………」





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