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男は青ざめた顔をしている。
震える弱々しい音が私に降り懸かる。

「お前、三日も目を覚まさなかっんだぞ…

こんなに心配させて……お前は、ひど、ヒドい奴だ。
オレの気持ちが分かるか?オレがどんなに呼んだってお前は目を開けないし答えないんだ…」

打って変わってお前は全然わかってないと同じ言葉を繰り返している。言っていることが要領を得ない。
ふっつりと罵りが終わり、

「でも、帰って来たから…もう何でもいい、どうだっていい」

ぐしゃっと男の顔が歪んだ。ブワッと大きな目に涙を貯めて、
それからは言葉にもならずに私の胸に縋って嗚咽を漏らす。一連の男の奇行に呆気に取られていた。どうにかしたいと思って痺れの残る左手をおっかなびっくり男の絡まりの酷い金髪の頭に翳すと、余計に泣き声が酷くなった。
うるさい。むせび泣くようなそれはなぜだか私の罪悪感だけを募らせて、手触りの良い髪を意味なく梳いた。

と満足するまで泣きまくったと思えば、段々啜りなきに変わって最後にはうんともすんとも言わなくなった。
肩を揺すっても反応がない。
腹に頭が乗っていて重いし動けない。


一刻して訪れた中年はおかえりと私に言った。

おじさんはボスはここ数日間ずっと寝てなかったと言った。
再び残された私はどうしたものかと考えた。頭がはっきりしないのは男が言う様に何日も頭の使わない眠りの淵にいたブランクのせいなのか。
弛緩した胴体が下に縫い付けられたみたいに離れない。誇り臭い、陰気臭い。こんな場所は記憶にない訪れたこともない。じゃあ元々何処が違うかと言っても何が駄目なのか。たん、たん、たん、たん、下に落ちる。それが混じる。細い管を通って私の血液と混じる。単一なリズムでさっきまで寝ていた筈なのにまた眠気が私を手招きする。
流れに任せればそれはどんなに気持ちが良いかわかっているけど、流されたなら自分はぐにゃぐにゃのとろとろになって、布団と一体化してしまうのではないか?
流れに逆らって甘えを律する自分こと徐々に溶かされていく。


日本土産だというやたらくたくたしたパンダの人形をぎゅっと抱きしめた。
この低反発が今の私には楽で座りっぱなしのせいで痛む腰のために二重にした背測のクッションは誰が持ってきてくれたのか分からないが勝手に拝借させて貰った。私ってば本当に酷い体で胸には固定のためのコルセット、右手は指先から腕まで包帯でぐるぐるその上三角巾で吊っている。顔は私が自分で暴れて付けた擦り傷位だが正に満身創痍、しかし何時かの時よりも全然マシで、大人しくしてれば傷は何時かは言えるものだ。左手首裏についた鋭い刃物で切ったような瘡蓋は跡が残るかもしれない。まるで一生消えない手枷の様だと思った。
薬から覚めた思考は、勿論最悪な記憶を抹消してはくれてなくって、何て軽率な事をしたのだろうとそれだけを繰り返し考える。

今直ぐに飛んでいって違うんだと言いたい。こんなつもりじゃなかったと。

最初の言葉は決まっているのに。
肝心の本人はお見舞いにすら来ない。

来るのは無愛想な医者くらいで私を毎回胡散臭そうに見て自分の仕事を片付ける。
アレクさんは?ずっとあっていない。

何だか変だ。
怖いのは自分が存在してるがしてなかろうが私を忘れたみたいに皆が笑っていること。あの少年を思い出す。


もう一人の私。一人ぼっちの男の子。

私の怪我は直ぐに直るけど少年は孤独な仲間を連れて何処まで行くつもりだろう。とても辛いとき、誰かに手を差し延べてくれたことはあったのかな。それを少年は求めてたかも知れないのに。




そして。
望んでいた訪問者の顔を見た途端、私はそれはもう、嬉しくて、嬉しくて、半べそをかいてしまった。最近泣いてばかりいる気がしたのでぶるぶる息を詰めてそれだけは我慢した。何度も何度も調子を訪ね、私の怪我を心配してくれた。
そして、泣きつく私を優しく押し止め、肩を掴み、

「今まで、ホントに悪かった」




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