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金髪の彼は置いてあるパイプ椅子に腰かけて、どぎまぎしている私と目が合うと、ふっと人好きの良い笑顔を浮かべながら、

「調子はどうだ?」

柔らかい声で尋ねられて、記憶の中の優しい声色が蘇る。
そうだ。
この人は、あの時、絶望の中の私を、助けてくれた人だ。なんで、今の今まで忘れて居たんだろう。間違えようがない。紛れもない味方を見つけて、安堵と喜びが沸き起こる。

興奮も其の侭にして、お礼を言おうと口を開く。

―――大丈夫です。ありがとうございます。

そう言ったつもりだった。でも、かすれた声が出るだけで、空振りしたように手ごたえが無い。

―あ、あれ、あれ?

試しにあー、と特に意味のない音を発してみようとするが、何回しても唸り声にもならない。今までどうやって喉を震わせていたんだろう。意識する必要も無くって、当たり前のようにしていた事柄が今、全く出来なくなっている。

今、分かった。私、声が出ない。

途方にくれて青年を窺う。

あの優しげに緩まれていた目が、今度は険しく、訝しげに私の様子を捉えていた。

その厳しい視線があの暗い閉鎖された空間で見たあの男の視線とダブる。
あの眼は私を探っている眼だ。私を疑っている眼だ。

何か言わなくちゃ、説明しなくちゃ!私は何も知りません、何もする気はないです、と。
また誤解されて、分からないうちに酷いことされるかもしれない。

でも、どうやっても声が出ない。言うことを聞いてくれない喉に手を当ててみる。そんなことをやってみても、感じるはずの振動もなにも感じないし変わらない。
此方を窺う視線を感じるがどんな顔をしているのか、怖くて目を合わせたくない。白い手元の布団に目が泳ぐ。
焦りで目が熱くなってきて、視界がぼやけてきた。

「おちつけ、わかったから………な?」

青年は私の固く握りしめていた手にそっと自分の手をおいて、私の顔を覗き込んだ。
私がはっとして、顔をあげて見返すと、青年は私に顔を向けたまま、ゆっくりと続けた。

「……オレはディーノ、この屋敷の主……のようなものだ。
お前の怪我が酷いんで手当てさせてもらったが、倒れた前のこと、覚えているか……?」

こくりとうなずく。
殴られた。蹴られた。少し動かすだけでも軋む体が、それを紛れもない現実だと訴えていた。


「――本当に悪かった………。お前にこんな、酷い目にあわせちまった……。
部下のしたこととはいえ、オレの責任だ!
怪我が治るまで全責任は俺が取る!治療費もこちらが負担する、治るまで此処に居て貰っても一向に構わない、不自由なことがあったら何でも言ってくれ!!
それで償いになるとは思わねーけど、なんでもする!!言ってくれ!!」

金髪青年――ディーノさんに土下座する勢いの謝罪に私は驚いた。展開について行けない。よく分かっていないのに謝られても困る。

要するに、私が暴行を受けたのは彼の本意ではなくて、自分の部下の所業を代わりに誤っている、そういうこと、らしい。
ずうっと頭を下げ続けているディーノさんを見る。

貴方は全然関係ないじゃない。むしろ、貴方はあの地獄から救ってくれた命の恩人で、感謝はしても、攻める気持ちなぞ、一ミリもないのに。

しかし彼の中ではそうもいかないらしく、やっと頭をあげた彼は、目が私の体の包帯を行ったり来たりして揺れ、ひたすら眉をハの字に下げている。まるで、自分の方がよっぽど傷ついている、そんな苦渋の表情に。
なんか私の方がすごく申し訳ない気持ちになってくる。
それは、もちろん、体中凄く痛くて動けないけど、すごく怖かったけど………その張本人ではない彼にぶつけるべきものではない。


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