私の何が悪いって?

菅原は部室での着替えを済ませ、鞄を漁って今日宿題に使う教科書を教室に忘れていることに気が付いた。同じ二年生に教室に寄って行くことを告げ、先に部室を出ると西日は徐々に眩さが衰え、紫紺の闇が顔を覗かせている。
スポーツバックを膝で蹴り上げながら、菅原は駆け足で校内へと入って行った。



困った。菅原は今、由々しき事態に遭遇している。自分の教室前、入り口の壁側に背中を付けて待機しているのだが、中に入って然るべきだろうかと菅原は頭を悩ませて、中の様子を伺っている。その理由は、今それを一番悟られたくない人間が教室内にいるからだ。
中から漏れ聞こえる細やかな笑い声、話言葉のトーンで直ぐに自分と話題に登っている女の子とその仲の良いクラスメイトの一人だと判別した。
と、言うのが、間が悪いとなんと言うか。今ジャストタイミングで自分の話をしているらしいのだ、この女子たちは。
菅原が聞いているとも知らず、談笑は続いている。立ち去ることも思い切って現れることも出来ずに菅原は耳を済ませた。

「そうそ、その真面目真面目っつってる菅原だけどさ。
あんたさぁ、もうそろそろ許したげてもいいんじゃね?」

「うん?許すって?」

「だーかーらー、怒ってんのはわかんだけどさ。あんた個人どころかクラスまで煽って、流石にかわいそうじゃないって言ってんの。見ててすっげーしょげてんの見ててかわいそうなんだけど」

「えー、別に許すも何も怒ってもないし」

「はぁ?」

「皆が盛り上がってるだけじゃん、ほんとーにスガくんってまっじめー。
間に受けちゃってさ、悪いことしちゃったかしら」

「あんたねえ……ま、私はそんなんって知ってるから別にあれだけど。
で、その、すがくんって呼びはニックネームなわけ?」

「うん、響きが可愛いよね!隣のいつもやかましい人が呼んでんじゃん!スーガーって!私も密かに呼んでるんだよね、スガくん」

いよいよ出て行きにくくなって来た。
何時もと何処か勝手が違う。許す?怒ってない?それはよかった、だが…そうだ、菅原の意中の彼女のようすが軽快なのだ。

「じゃあ、そのスーガーくん?
なんで除けちゃったのさもったいない。あんたも真面目くん真面目くんって結構気に入ってたじゃない?」

「あーねぇー」

間があった。

「ちょっとねぇー」

「なに、なになになに?」

「なんだかねぇー」

「ちょっと、もったいぶるんじゃねぇよ」

「わかっちゃったってゆうか、何と無くねぇ」

「あ、ああー!そいうこと」

「そうなのよぉー。
好かれて悪い気はしないんだけどさぁ」

以降、菅原の頭はその言葉の意味を探して、やとっこさ暗喩の理解をーーー。

はぁっ!?

慌てて口を抑える。自分達の会話に夢中で菅原の叫びは気がつかれなかったようだ。菅原の顔にじわじわと熱が集中する。悟られていた。自分が淡い想いを抱いていること。委員会の時間が待ち遠しくてしょうがなく、話せる度心が弾んで馬鹿みたいに浮かれていたこと。

「で、何時ものパターン?」

「あっは!かわいいよねぇ、ちょっと手ぇ触れただけでちょー顔真っ赤にすんの!!ピュア、ちょうピュア!こっちまでドキドキよ!そんな大層な女じゃないってのに。男子高校生は夢見るお年頃なのですねぇ…」

「ほんと、あんた、よーやるわ!!」

「需要にはお答えしたい性分ですの、おほほほ!」

絶句。その一言に尽きる。
そんなことを内心で思っていたとは。この菅原を悪し様に笑う女の子は誰だ。人を話のタネに笑い声を上げるような人だったのか。
自分は一体何を…。
恥辱と怒りの赤面状態で硬くバックの肩紐を握りしめた。奥歯を噛み締め、怒りを辛うじておさえる。
誰にでも秘密がある。そう割り切ってその場から速やかに立ち去れば丸く収まるのだが、微かに残る彼女に対する思慕が、怒りを一瞬の悲しみへと昇華させた。
菅原は、正面切って教室に乗り込み、唖然となっている少女たちに向き合う。

「迷惑だったんなら、言ってくれれば良かったんだ。」

何とも言えず、

「不快な思いさせてごめん。じゃあ」

一つの恋が終わった。ただ、それだけのこと。
廊下をとぼとぼ歩いていて気が付いた。

教科書とってくるの、忘れた。

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