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ハン上司の紹介の間も、リーバーは心ここに非ずだ。
白衣に、大きく胸の開いたブラウスを着ていた。
美人な人だ。良く動く表情に、明るく茶目っ気たっぷりの話し方。リーバーは一瞬で彼女に心を奪われてしまった。
厚い唇の端にあるほくろが何とも扇情的だ。
彼女の大きな口が何か言っているのをぼっと見とれている。
勿論内容は耳に入ってこない。

「趣味は、料理、ね。一応資格も持ってるのよ、ねえ二人とも、今度ワインに合う取って置きの新作をご馳走するわ。いかがかしら」

「も、もちろん頂くすよ、なあ、ウェンハム」

「あ、え、はい」彼女の口にくぎ付けになっていたリーバーはハン上司に名前を呼ばれて初めて我に返る。

「あら、新人くん、乗り気じゃなさそうだけど、私の料理が不安?」

「い、いえそんなことはないです!」

「ふふふ、いいお返事ね。じゃあ二人の為に腕によりをかけて作っちゃう」

リーバーが慌てて言うとマリアは手を合わせた。
「じゃあ、リーバー、約束よ」と去り際にウインクをして、知り合いの女性たちの輪に戻っていった。
盆の料理は碌に口を付けていなかったはずだ。
ほうっと見とれるリーバーにじと目をぶつけるハン上司は不満たらたらでフォークを咥えて漏らす。

「結局、男は顔かあ……結局超絶イケメンより君みたいな母性本能擽られるタイプに弱いんだろうなウェンハムこの野郎」

「い、いえ!何言ってるんですか、ハンさんも誘われてたじゃないですか」
「いーや、あれは絶対ウェンハム狙いだよ彼女。俺にはわかる」
「なんで、そんなに自信満々なんですか…」
「先週告白したら振られた」
「さいですか……」



今日も今日とて、資料集め。リーバーは本の海にその身を投じる。
引用箇所を見つける為、今夜は書室にこもる覚悟で一人隅っこの机を陣取り、蔵書を脇に片っ端から積みあげた。
素早く索引を見つけ、付箋をはり、次に移る。
眼球を左右に動かし、ペンを忙しなく走らせた。
書物はうず高く積みあげられ、堅牢な城となってリーバーの体を埋もれさせる。
持ち出すのに一苦労な分厚い書籍たちを傍らに集めて仕事が出来る効率の良さが書室で作業を行っている理由であるが、他の理由もある。
ひと段落し、後は承諾ありきの作業を残すのみまで漕ぎ着けたリーバーが手を置いたころには、また、辺りには人っ子一人いない有様だった。
リーバーはそれらの関連資料を腕で脇にのけると持参し持ち歩いている、ファイルを取り出す。
開けば、あれでもない、これでもないと試行錯誤したメモの山が挟まっており、新しく模造紙を一枚取り出すと、何やら走り書きをして、とまり、頭を掻き、ペンの頭を齧り、そしてメモの山を見返し探す。
頭を掻きむしり、蟀谷を指圧し、貧乏ゆすりをする。
しかし、それらは容易には降ってこない。

『でも、間違えは無いから、まあ騙されたと思って付き合ってみなよ』

ハン上司が言った言葉がリーバーの頭に浮かぶ。
ハン上司は簡単に言ったが、コムイ室長が下知した命令は無茶ぶりの何物でもなかった。コムイ室長の提案はこうだった。

「君の得意分野でもそうじゃなくても、何でもいいや。取り敢えず、君が探求したいものを僕に提示して見せてよ」


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