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デスクに山積しているデータのチェックに入ったリーバー。
机向こうにスペースを占領しているハンが、床を埋め尽くす資料の山にダイブしたのを今まさに目撃した。

「無理っす……無理っす…お花畑が見えますもん……班長――」

舞い上がる無数のペーパー、ついでに塵埃も、まるで雪のようにあたりに舞った。
直ぐに視線を逸らして、目の前の仕事を再開する。ここでは過労や寝不足での卒倒者が後を絶たない。

「おーいハンが遂に死んだぞー」

「転がしておけえ、そのうち起きんだろ」

みな一瞥するだけで、それを黙殺し、自分の仕事に戻る。

「ばっか、折角そろえたのを崩すんじゃねえよ!」

席を戻ってきたらしい男がつぶれたままのハンを見つけると怒鳴った。ハンの胴を蹴り飛ばし、下敷きになっていた足元のファイルから3センチ四方の小さな付箋やらをかき集めはじめた。

「イテえすよお……!」芋虫のようにもがくハンが情けなく唸った。

「どっけ、邪魔、死ぬなら私の邪魔にならないところで昇天しろ」

「ひでえ、てゆーかさあ、もともとぐちゃぐちゃだったじゃないすか」

「あれでジャストだったんだよ!!ったく、二度手間じゃねえか」

無造作に散乱しているようにしか見えなかったメモやチラシの裏に掛かれた方程式の配置はこのプリプリと文句を垂れている上司には意図する法則があるらしく、下手に手を出すと業火のごとく怒りだすのだ。
が、数か月同じ空間にいるとなると何処まで踏み込んで良いのかその間合いが分かってくる。
機嫌を損ねていると後で厄介だと判断し、ハンが哀れになったのもあり、リーバーが一旦仕事を中断して「手伝いますか」名乗りを上げた。
すると「頼む、」と声のトーンを下げてしぶしぶ尻を動かして場所を譲った。
リーバーは片目をつぶって肩を竦めると開いたスペースに跪いて、それらを拾い始めた。
歪んだ眼鏡の奥でぐずぐずと滂沱の涙を流し同僚の非情さを嘆くハンを完全無視して、もうかき集めた一枚一枚を床に並べることに熱中し始めている。

「わああん、ロッシさんがひどいすよお班長!」

それを見て、があん、とワザとらしくショックを受けた様子のハンは自分のデスクで判子片手にペンを走らせる壮齢の我らが班長に救いの手を求めた。
ノリッジ班長は悲哀の目でハンを見たが、情け容赦なく働けと引導を渡す。
その手には分厚い報告書の束が握られていた。

「ハン君、私が不甲斐ないばっかりに!!君は身を粉にして働いてくれていると言うのに!私が出来るのは私が出来るのは、ここに新しく来た報告書のコピーを君に手渡すことくらいーー」

「ああ、ノリッジ班長!!そしてなんて鬼畜!」

ノリッジ班長は野太い声で男泣きしながら、自分の無力さを嘆いた。
御年五十五歳。
頭がちょっとさびしくなってきたお年頃。
科学班には優しく厳しい頼れる上司である。が、何だ、この茶番は。ノリのいい、我が科学班である。


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