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やっぱり気にしていたのか。なまぬくとい目でこれ以上は言及せまいと敢えて怪しい毛根から視線を離し、フロッピーと実験仔細のファイルを手渡した。
「ありがとう、君はなかなか仕事が早い。君はきっと地獄の通過儀礼…おっと、室長の課題もこなせるにちがいない。なあに、みんな通って来た道だ。楽にいきなさい」
「ははは…」
ノリッジ班長の労いをありがたく受け取る。
今日は、「ミルク飴」「バター飴」「抹茶飴」。
リーバーにはなじみのないパッケージを開けて、リーバーの掌に一つ二つずつこぼした。離席しようとして、少し考えた挙句もっとと強請ると気をよくしたノリッジ班長は自分の分のキャンディーの瓶詰を一つ丸ごとリーバーに寄越した。
「おう、遅かったっすね!図書室の主よ!」
カルテ片手のハン上司が、リーバーの片手にある大瓶を見て、
「主から、飴男爵の称号も狙うのか」
「それを言ったらノリッジ班長は飴公爵になりますよ」
「そりゃそうすね」
リーバーは素直に着席し、ハン上司は無遠慮に瓶のふたを開けて、飴をニ三個放りこんだ。雑然と散乱した資料を適当によけてハン上司が座ったのはリーバーのデスクである。注意する気も起きない。
「ウェンハムよ、図書室の主よ」
「なんですか…」
「王たるウェンハムに噂を教えてやろう」
「いいです、なのでそこ退いてくれませんか」
「新入りだから知らないだろうがね。出るんだよ、図書室に、夜な夜な徘徊する少女の幽霊が…実はこの女の子昔教団が創立前のここに住んでいた名家の娘で…。
見た人が居るんだよ。医療班の一人がね、文献を取りに夜中に忍び込んだら、ぼおっと棚の陰に佇む少女の影を…!」
「ハンさん、それ今聞かなきゃいけないことですか…だいたい、幽霊って、オレ、ここんとこ一人でいますけど、って」
リーバーははたと顔を置きあげた。
「少女…?いま、少女っていいました?」
ハン上司ががり、と飴玉を奥歯で噛む。リーバーの食いつきが悪かったのがお気に召さなかったのかつんとした態度である。
「なんだ。オレ、その女の子見ましたよ」
「まじすか?!」ハンが身を乗り出して食いついてきた。
「ちびっこくて、黒髪で、アジアンっぽかったな東洋の流し着てましたから、十歳くらいの」
「それにはちゃんと足は付いてたか、呪われたりしなかったすか?!」
「何言ってるんですか。普通の女の子でしたよ、ちゃんと足だってありました」
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