8

リーバーは少女にみとれ、しばし言葉を失った。
リーバーは人並みの感覚は持っているので、可愛いな、とか綺麗だ美人だと、頭で形容したことは何度もある。しかしこれは。
犯しがたい何か。
自分ごときが何かに例えてよいわけではない、一線を画した何か。
ぼうと浮き上がったように現れた少女に、なんとすればいいのか、リーバーは考えるのを忘れて、見入ってしまったのである。

思わず握った、ペン先が紙面を引っ掻く音が、停滞した世界を引っ張り戻す。
かり、と言う些末な音に、少女はびくと反応したのである。
おそるおそる、少女がこちらを向く。
目があったような気がした。
リーバーは見つめ返す。
目を逸らしてしまったら、彼女が逃げてしまう。リーバーはそう考えたからだ。
やっと会えた―――リーバーは感動に心を震わせていた。
ずっと探していたのだ。いつか、ここであった、あの後姿に。

「君…」

びくん。
二文字の言葉で肩を震わせる。まずは、警戒心を解いてもらわなくては、と成る丈優しい声を出すように努めた。

「あのさ、怖がらないでほしいんだ。別に君に何か、しようって訳じゃなくって…どうしたら信用してくれるかな…」

こういう時に、小さな女の子を怖がらせないで居られるかなど、論文に書いてなかった。
両手身振り手振り自分が怖い怪物でないことをアピールするが、徐々に徐々に少女は腰を低くして、いつでも逃げだせるように体制を整え始めている。
リーバーは焦った、せめて気の引けるもの、卓上に助けを求め、白衣のポケットを弄り、
がさがさとしたビニールの感触が指に当たった。
これだ。

「ウェンハム君、おつかれだったね。さあ、あめちゃんをあげよう」

ノリッジ班長の口癖であり、労いである。
班員を叱咤し、激励し、そして峠を越えた暁には労いとしてキャンディーを大量に握らせる。大の甘味好きである長は班員の癒しであり、皆の大樹心のよりどころである心優しい、ちょっぴり頭皮がやばいぞノリッジ班長、55歳独身。
貰った端からポケットに突っ込んで、そのまま放置していたのだ。
長らく体温で暖まっていたせいで中身が少し溶けているが、食べるのには問題は無い。
でも、どうだろう、こんな飴一つでつられてくれるだろうか。

「飴、いるかい?丁度持ってたんだけどな」

ぴら、と包み紙だけ摘まんで、眼前に掲げてみる。
因みに、透明な包み紙から透けて見える色は黄色。
レモンキャンディーだ。
そうすると、ぴたとその少女の視線が飴に移った。
これは。

「もしかして、欲しいのか?」

頷きはしなかったが、問いかけるリーバーに構いもせずに一点に心奪われている様子から、答えは察するに易しだ。

「あげるよ、ほら」

ゆっくりゆっくり、均衡が崩れないように慎重に慎重に飴を摘まんだ手を前に伸ばす。
少女もおずおずと手を伸ばした。
その指先には。
リーバーはそれ以上進むのを辞めた。
少女の指は、真っ白、いや、真っ白の包帯でぐるぐる巻きにされていたのだ。
やけに指先が白いと思ったのは包帯の色だったのだ。痛々しい。
全体をおおわれている白の面積からして、相当の怪我のようだ。
リーバーは微かに眉根を寄せてから、すぐに笑顔になった。


「ちょっとまってな」

少女はく、と首を傾ける。下げた手の行方を追い続けているので、今だったら、逃げられることがないだろうと踏んで、リーバーは静かに、席を立った。回り込んで少女の前にくると、席に座った少女の視線に合わせるように腰を少し屈める。
その場でぺりっと包みを開けた。

「ほら、口をあけてみな?」

指先に摘ままれたレモンイエローの宝石を不思議そうに眺める少女。
ほら、とリーバーが自分の口を開けて意図を示すと、その小さな口がおずおずと開いた。
その隙間にぽいとキャンディーを放り込む。歯の擦れたかちゃと言う音と、舌が嘗めたつばの音。

「美味しいか?」

暫く、自分の口に手を当ててキャンディーの味を堪能しているようだった。
リーバーは見た。その赤い唇が満足げに弧を描いた、その瞬間を。




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