5

次子の誕生に御家は大いに沸いた。
長子は決まって長女で神の子、神に捧げるべき運命の子。では、次子はお家の子、男の子でも女の子でもご先祖から続くお家を継ぐ、大切な嫡子。七日目の祝いの席には、一族総出で次期当主のお顔を拝顔しようと駆け付けたそうだ。しかし、桜子は未だ嬰児の顔を拝むことは敵わなかった。兄弟と言えど生まれたばかりの赤子に穢れを持ち込むことはまかりならん、三つを過ぎるまで待て。それが宮司である桜子の父親の言い分だった。
ああ、その涼しげな幼子の憂いの横顔。寂しさに、潰されそうになる小さな胸の痛みは如何ばかりか。
数年ぶりに離れに顔をお出しになった母親は、御簾越しにこう固い声で言いなさった。
「桜子や」
「かかさまに置かれましては、大変お久しゅう」
「あなたに妹が出来ました」
「はい」
「御家にとって、大切な大切なあなたの妹子です。
あなたはこの妹の為にも、鋭意お仕えするのですよ」
「かかさまのご命令であれば、私はなんなりと」
桜子は平に平に平頭し、祝辞を述べた。
そんな時節に当家に訪問の申し出がなされた。「漆黒の殉教者」そう仰々しい名前を名乗った団体は、世界の奇異な現象を検証し、解明をする、遥か海を隔てたロンドンのお抱え国家機関だと自分を紹介した。
一族は思案した。神の御手の秘密は明かしてはならず、しかし、外国のパトロンを得られれば、これとない一族の栄華の道筋になるだろう。幕府ありきの江戸の町。締め付けが厳しい昨今、何れ日本以外に目が向けられるのは、必定な流れであった。
そして、その機関から派遣された一人が、秘すられた神の御業を解明しようと訪れたのである。
「あなたはだあれ」
宮司に言いつけられ、対面した男。男はベレー帽を脱ぎ、傍らに置いた。面を上げる。フレームレスの眼鏡の男は、桜子を見てその容貌があまりにも幼かった為か驚きをあらわにしたが、鈴のような声で、桜子が問うと直ぐ直ぐに人好きのする優しい笑みを浮かべた。
「いやあ、初めてお目に掛かります。僕はコムイ・リー。巫女殿」
中国系の男だ。会話が出来るほどには日本語を嗜むあたり、教養のある若者だ。舌慣れしていないのか使いずらそうであるが、発音によどみがない。
「はじめまして、会えてうれしいです。私は正しくも御烏様の巫女、桜子と申します」
頑是ない幼子から、クイーンズイングリッシュが飛び出したことに目を丸くする。ほほと桜子は袂で口を隠す。
桜子は英語のまま続けた。
「御客人、宮司に貴方を持て成せと言い使っております。あなたとお連れ様を私は歓迎します。
高い所から失礼します、私はここからは動けませんので」
「動けない?」
「私は、歩けませんから」
固まってしまった片足を着物越しで撫でながら桜子が断ると、コムイと名乗った男は労しそうに目を伏せた。
「私に、いえ、お上の御業にご興味がおありと聞きました」
「その意思が君にあるんだったら、ぜひお願いしたい。君を見極めるために僕は来たんだ」
「見極め、とは」
「君たちの言う神の御業とやらが、僕たちの探しているものかどうかをさ」
桜子は訝しむ。しかし、遥か海の向こうの異邦人が手付きの自分をどう評価するのか、個人的に興味があった。
「わかりました。では」
桜子は手招きし、自分の手近の近くに呼び寄せると大きく腕を掲げ、首を垂れる男の首筋に手を当てた。ひやりとして冷たく、清涼感がある。
「最近、御風邪を召されたましたか」
「良くわかったね、その通りだよ。恥ずかしながら日本に来た時にやられたみたいで。二三日寝込んでいたんだ、よ……」
ぼうと、それは一瞬熱を持った。コムイが一呼吸済ませる間に、全ては終わっていた。
コムイが膝を折り、そのまま脱力する。一瞬、桜子は顔を歪ませたが、元のすました顔に戻っていた。
「これが、私の力。穢れを黒い煤に変え、取り除き、体に留まらせる。汚れた力」
驚くべきことに、数日悩まされ続けていた体の倦怠感は、跡形もなく消え去っていた。
「私の力は、御客人様のお眼鏡にかないましたかしら」
桜子はこの目を知っている。驚愕と、好奇。そして畏怖。年齢にそぐわぬ自嘲的な笑みで持って、異国人どもを遥か離れた劣国の少女はあざ笑った。


[ 5/6 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



TOPに戻る

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -