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この桜子の周りに身内を置かないのは、小さな体を犯す呪いを忌み、決して外に出してはならぬと言う代々伝わる仕来りであり、当代の宮司もそれに倣った。鬼門に当たる屋敷の離れを宛がい、適当に見繕った余所者に衣食一切の世話をさせる。一族にとって、力の象徴であると同時に最大の恥部でもあった。
稀代の巫女の薄命の原因は、その『余所者』との齟齬による。隔絶され監視が届かない離れで、横暴を振るっても咎める者はおらず、『巫女』は移す世界が違っているゆえに気のふれたような振る舞いをすることが多かったのも加え発覚した頃には手遅れなことが多かった。どんな慈善者も己の中で獣を狩っていると証明するがごとく、狂人の如く無体を強いた。後々審問してみても何故自分がそのようなことをしたのか、皆目見当がつかないと言う。一族は『魔が差した』のだと更に巫女を忌避した。巫女に宿る魔が、内なる邪悪を引きだしたのだ、人を堕落にいざなう忌み子だと。
仔細は全く知らされず、弥七は桜子の為に良く働いた。萎えた石のような下肢をようよう揉んでやり、遊びにもよく付き合った。桜子は良く下界の話を自分の歩くこと敵わない界隈の出来事や賑わいの様子を利かせるよう弥七に良く強請った。普段は精巧な市松人形であるように悠々とした物腰に表情が乏しいくせ、自分にだけ弥七、弥七、と慕ってくる幼子。
家族に見捨てられ、寄る辺ない幼子には自分しかいない。自分を畏れ多くも『巫女』と重ね合わせ、情が移るのに時間は差して掛からなかったのである。
「弥七、今日もととさまは息災であった」
「それはよろしゅうございましたね、ひいさま」
「かかさまにもお会いしたかったが、体が思わしくないらしい」
「奥方様は御体が弱くていらっしゃいますから…」
弥七の下には回復の兆し非ず、の通達のみが手渡され、恐らく、その体調が芳しくなることは半永久的に来ないだろう。桜子投げ出した下肢をそのままに脇息に左ひじを預けて、遠い目をしていた。障子越しに今朝の陽気は柔らかい陰影だけをその横顔に落としている。何もかもを達観するには早すぎる十と少しの歳、通常の二三倍の速度で命の灯を燃やしていると言うのに、太陽、風、雨水の温かさ、せせらぎの柔らかさ、天草の匂い、ありとあらゆる享受すべき当たり前の物を間接的に鴨居の向こうの別の世界の事としてしか感ずることが出来ない。人の体温も、家族の愛さえも。
「ととさまに、聞いたのですが」
桜子が徐に口を開く。
「かかさまは臨月だそうだ、男の子か女の子か、私に兄弟が出来る」
「それは、おめでとうございます」
「新たな家族た、私はそれを喜ばしく思う。のう弥七」
「は」
「屋敷からは出れぬ私に代わって、祝いの品を買うてきてはくれぬか」
「もちろんでごさいます。して、どのような」
「そうさのう」
桜子は弥七に毎度紙幣を握らせて市まで走らせて、ピードロ、メンコ、太鼓にベーゴマ、赤本と思いつくありとあらゆる玩具を買い集め、小箱に並べた。それらを一つ取っては斯うして遊ぼうなと空想に戯れる遊びが桜子の暇つぶしの一つに加わった。


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