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赤いおべべに真っ黒の髪。透き通った肌に紅色の頬。神台に坐する巫女は神々しく、作り物めいてため息の出るほど美しい。
ゆっくりその表を上げ、平伏する男を見据える。隣に固唾を飲んで見守っている怯えた目をした女の腕には産布に包まれた嬰児が居た。赤子は顔を真っ赤にして自己主張をしており、清廉なその空気に唯一縛られぬものだった。歩み寄った少女が赤子の額に手を翳す。とたん、何かのつきものが落ちたように安らかな眠りについた。おおお、と夫婦は赤子の安らかな寝顔を見て、安堵に咽ぶ。流石、御烏様、神の御業じゃ、と見守る皆は口々に感嘆の目で童女を称えた。
童女は賛辞ににこりともせず、己の御手を見つめるのみだった。

この社の信仰は四つ辻様と言う、御鳥様の化身であった。代々、この社を任される一族は江戸でも一目置かれており、その理由として、何でも『巫女様』に供物と引き換えに願いをお頼みすれば何でも一たびそれは現実になる、なんていう怪談染みた嘘か真かわからぬ古くから一帯に伝わる説話に基づいている。何でも、その昔話。天界からの使いがその羽をこの境内の象徴の千年桜で休められていた時、愚かな狩人が見事な雁と間違えて羽を射抜いてしまった。翼が傷つき天に戻れなくなった高貴な方は嘆き悲しみ、悲しみで桜の花は黒く染まった花びらを散らし、当たりには疫病だの飢饉だのの大難が続いた。慌てて祠を立て、この土地を永久の慰めの地として、高貴な方を宥め、ともにあると村に贄にされた女は誓ったという。その女の末裔が桜子の今の一族である。
高貴な方は大変感激し、己の力をその家族に授けた。魔を操る力。
魔を払い、良くないものを糧とする力。
一代に一人生まれてくる女児は、足、手の全部の爪を墨で染め上げたような色を持って生まれてくる。これが、お上のお手つきなのである。尊い方の悲しみを慰める『巫女』はあらゆる穢れから隔絶、監視された。依代であり、神に掲げられる供物。長い長い座敷暮らしを余儀なくされるのである。
長い部屋暮らしで足もなえ、凝り固まって、石になった。
神主とは名ばかりの神への供物である。この一族は一人娘をささげることで長きにわたり、栄華を極めた。

この社に奇跡を求めてやってくる者どもは後を絶たない。将軍家からのお世継ぎ祈願、町人の童の流行病の治癒。誰であっても扉は開いていた。貴賤を区別しない、一切を取り仕切る宮司の父様を桜子は誇りに思っていた。父様はお役目が終わった時、いつも、よくやった、流石私の娘だ、と不器用な所作で娘の頭を決まって撫でた。その時だけ、桜子は頬を微かだが緩ませるのである。
自室に戻らされると、すでに部屋では墨が炊かれ、空気は温まっていた。弥七の取り仕切りだ。
渦高く積まれた書物を手にして、卓上に広げ、蝋燭の灯を頼りに文字を追う。暗闇と小さな灯が、桜子の世界だった。慣れた疼痛に、座布団に投げ出した己の足に手をやった。
魔を払う。皆にはそう伝えられていたが、実際には少し違う。魔を払う、のではなく、魔を己の内に貯めるのが巫女だった。普段は隠しているが墨色の痣はひざ下まで達している。自分の足で、歩けたのは何時までの事だったか。
己に魔を貯め、弊害があるはずもない。やがてそれは上まで達し、全身が腐り落ち死に至る。巫女の命は極端に短い。
しかし巫女は自分の運命を悲観しない。それが自分の与えられた宿命であり、存在意義なのである。桜子はそれ以外の生き方を知らなかった。己が運命に課せられた重みに耐えるのが自らの腹を痛めて生んで下すった母さまへの恩返しであり父様への愛情の印であった。


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