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「中に、入らないんですか?」
「うおお!!一凛、何時からそこに!」
「何時から、というより、今そこから出てきたんですけど…」
中には厳しい先生ぶりをはっきするひよりちゃんと、それに少しタジタジの雪音くんがいる。
この所の夜卜さんはこんな感じだ。
ひよりちゃんの不満ももっとも、ひよりちゃんを避ける癖にコソコソ隠れて、本人曰く見張ってるだとか何とか。
この奇怪な行動の理由を尋ねるべく、ジャージ神の背中をみやる。二人の様相に熱心だ。
ひよりちゃんに対しては「雪音に絡むな」という過干渉のきらいもありつつ、今はストーカー擬きだ。
「あの、ひよりちゃん、怒ってましたよ?
夜卜さんが挙動不振だって。仲直りしないんですか」
「はあ?」
「ひよりちゃんと喧嘩してるんじゃないんです?」
「別に、喧嘩してる訳じゃねぇし」
「そうなんですか……」
「何だよ」
「てっきり夜卜さんがひよりちゃんを怒らせて気まずくなっているとばかり……」
「一凛の中のオレ、そんなかんじなの?」
中の声が一段と騒がしくなり、今度は一緒に耳をそばだてた。
中を熱心に覗き見する夜卜さんの背中は何だか侘しく、寂しそうに感じられた。そんなに気になるなら、飛び込んでしまえばいい。よっぽど背中を押してしまいたかったけど、余計な御世話な気がして止めておいた。私が思う程、簡単な事じゃないのかもしれない。
「まだ、いたんですか」
厭わしく思われるのは嫌なので、何時間に一回と決めて様子を見に二階に上がるのだけど、タイミングが悪いのか、何時も主の瞼は閉じられていて、少し夢見に魘されている苦しそうな顔が辛かった。
気落ちして、居間に戻ろうとすれば、まだ襖にへばり付いている夜卜さんに出くわした。
夜卜さんには神器にならないかと言う誘いを断った罪悪感がある。
どこか透明な眼差しを時折する、何処か寂しそうな神様。それを見つける度、何故か自分の主とダブらせてしまうのだった。
最初に会った時とは随分と状況が変わっていて、夜卜さんの心は違うもの見ている、私がこんな気持ちになる必要は無いと言い聞かせても、感覚的に同じな同調と呼べる体の何処かが、奥底の寂しがり屋の気質を探し当ててしまう。
切望、今度こそはと、願って、断たれてまた願っての繰り返しで、その一つの落胆が私だった。それだけなハズなのに。
「そんなに気になるなら、話してくればいいんじゃないですか」
「おいっ、もうちょっと静かに話せ、気付かれるだろ」
「だから、いっその事中に入って仲間に入っちゃえば…」
しいっと窘められて口を閉じた。仕方が無いので声のトーンを落とす。
「ひよりちゃんは信者一号さん、なんですよね、大切にしないと。
避けてばっかりいたら、嫌われちゃいますよ」
「いいんだよ、それで。
其れが在るべき姿ってモンだ」
「あの、天神さまを訪問した時からですよね、夜卜さんが変になったの。
何かあったんですか?」
「べ、……一凛には関係ない」
「あの、余計なお世話かもですけど、ひよりちゃんは夜卜さんのこと、とっても気にしてるみたいですよ。雪音くんも不審がってるし」
「わかってる、途中で放り投げたりはしない。もう依頼料も、もらったしな。
少なくとも…ひよりの体質が治らない内は」
「そう、ですか」
じゃあ、ひよりちゃんの体質が治った暁には。
「なんて顔してんだよ、一凛。
大丈夫だって、お前が気に病んだら、俺が蛭子神にど突かれる」
軽く私の肩を叩く手つきは、優しい。
「一凛、あんまりそうやって心を開きすぎるな。
どこぞの馬鹿は勘違いしそうになるからな、分かったな」
雪音くんの様に神器として契約を交わすこともなく、長年の機知でもない。
夜卜さんの何にも慣れない自分が申し訳なくて、この時初めて、半妖の女の子がちょっぴり羨ましくなった。
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