4

私は主に、雪音君と店の番や掃除をし、手がすけば、雪音くんに品出しのやり方や帳簿の付け方などを教えた。
毘沙門さんの所に居た時は、私よりも何年も先んじているのベテラン神器がいたので時間に追われるように学ぶことに徹していたけれど、今は指導者もいない。目的すら見失い始めている。
雪音君は、皆と同じことをしたい、の試みでひよりちゃんにいらない教科書を頼んで、時間さえあれば、問題集にかじりついていた。今は炬燵で、数学かなんかの問題に対峙している。それを参考書を捲りながら見守っているのはひよりちゃんだった。
ひよりちゃんは厳しい先生の様。
「だめです、さっきの説明、ちゃんと聞いてましたか?」採点も、言うことも厳しい。
真剣に取り組んでいる姿は微笑ましい。
洗濯物を抱えつつ、雪音君のノートを覗きこむと男の子の粗っぽい字に叮嚀なコメントが整然と添えられていた。
結局ひよりちゃんは、自分の課題もあるだろうに真剣に雪音君と一緒になってうんうん解答を片手に唸っている。
教わる方も真剣ながら、教える先生も真剣だ。問題は中学校レベルだが、ひよりちゃんの学校は其れなりに勉強に力を中学校のようで、配布されている教科書も問題集もハイレベルみたい。
難儀してるな、と思いつつ、思わず横から口を出してしまった。
「そこ、円周角と中点連結定理を併用すればいいんじゃないですか?」
助言を添えると雪音君とひよりちゃんは過剰なくらい上から覗き込む私を振り向く。
「え、あの、ごめんなさい。
ちょっと言ってみただけで、間違っているかもだけど」
余計な事を言ってしまった。しかし、ひよりちゃんは解答を見て助言が的を得ていると分かると、私の当てずっぽうを大げさに捉えて賛美した。
「一凛さん、すごいです!!」
雪音君も口をそろえる。
「オレとひよりが、いくら考えても、意味わかんなかったのに……」
「そ、そんな大袈裟だよ」
其れから、彼らに「勉強出来る人」認定され、雪音くんが詰まったらひよりちゃんに行き、ひよりちゃんが詰まったら、の妙なカスケードの上流に配置されてしまった。
私には関係のない事と興味もなかった学生の本分、勉強。けど、試しにひよりちゃんの各教科の参考書を広げて眺めて見た事がある。それが…不思議な程内容が直ぐに頭に入ってくる。自頭が良いというより、何だか古い級友に再会をしたみたいな、ふしぎな感覚だった。元々、知ってた、みたいな。

洗濯物を取り込みに寄った端で教えを請われて英語の訳を構文解説付きで教えた。ひよりちゃんはまた喜んで、一凛さんが居るから家庭教師要らずですねっと弾んだ声で言った。
「ひ、ひよりちゃん」
ちょっと待って。
「ええと、あの、ひよりちゃんって、春前にあるって聞きましたけど……、高校の進学のテスト」
「そうなんですよね…、内部組で持ち上がりとはいえ、一定の点数取らないといけなくて」

だから、一凛さんにはすごく助かってます、とひよりちゃんは訳のノートを抱えて言ってくれたけど、私の頭から浮かんでくる回答は、出処が分からないうろ覚えの怪しいもの。過大視され過ぎるとひよりちゃんの大事になり兼ねない。

「あの、頼ってくれるのは凄い嬉しいんだけど、私そんなに教えるの上手くないし、大切なテストならちゃんとした先生に教えてもらった方が良いと思うよ。
あ、教えるの上手って言ったら、夜卜さん!
私もちょっと教わった事があってね、夜卜さんすごく物知りだし」
「………」
「え、どうして黙るの」
「……知りません、あんな人!!」
「え、ええ!どうしたの、急に。
ひ、ひよりちゃん、夜卜さんと何かあった…?」
「実はさ、最近アイツ挙動不審でさ…、仲良いんだかわるいんだか」と雪音君が代わりに答える。
「挙動不審、ですか。いつもより?」
「一凛さん……」

茶の間のちゃぶ台にひよりちゃんのお古の教科書を前に唸る雪音くんと問題集を前に厳しい顔をしたひよりちゃん、が、この受験シーズン忙しい冬場のデフォルトだ。
彼岸の住人である雪音くんが、俗世に少しでも近づきたいと言う欲求強いのは、ひよりちゃんが側にいるからなんだろうか、と二人の背中を見比べて思った。
ひよりちゃんの中の何かが、雪音くんの心底の何かを引き出したのかも知れない。
ひよりちゃんの言葉が雪音くんを奮い立たせて、立ち直らせた。誰かの言葉を借りるなら誠の篭った言霊が、妖に転じようとする心を貫いた、あの劇的瞬間を、私は目撃した。

私には、アレ、は要らない。

必要ない。

揺さぶられては、いけない。

薬も過ぎれば毒になりえるのだから。

小福さんに「もしかして、ひよりんのコト、苦手?」と脈絡なく聞かれた時には、驚いた。「苦手、とかではなくって」何故なんだろう。
無意識の防衛本能と言うのだろうか。上手く説明できなかった。

私の僅かな戸惑いは、其れに傍目に分かりやすい態度の人が、隠れ蓑になってくれている。
今も、襖の陰からそっと、茶の間の様子を伺っていることに、私は気がついていた。

[ 52/95 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



TOPに戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -