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今は正に真昼間、本来なら学校に居るはずのひよりちゃんは目を釣り上げていて、顔が真っ赤だ。可愛らしい尻尾を振りながら頬に手を当てて視線を左右にやっている。
学校はどうしたんだと聞くと、
「雪音君が気になって、ちょっと抜けてきたんです」
「ま、また学校抜けて来ちゃったんですか」
えへ、と頬を可愛らしく掻く。
ひよりちゃんは悪いことを重々承知の様だ。
「いいよ、ひより、そんな心配してくれなくても!俺、もう大丈夫だと思うから、さ」
「いえ、私が雪音君の勇姿を見たくて来てるんです!」
「勇姿って、ひよりは大袈裟だな…」
照れ臭そうに口を尖らせているが、本当は嬉しいと顔に書いてある。
エプロンの腰紐を必要無いのに縛り直し、さあ頑張るか!と勝つを入れる快活な少年を温かな目で見守る半妖の女の子がいる。ああ、良いなあ。
そして、恨めしそうに梁の影から見つめる神一匹がいた。
ガリガリと爪を立てて、
「うおおおお雪音ええええええ!!!」
猛獣の様に唸りを上げたかと思うと、雪音くんに猛突進して行った。
「いい子になってもおおオレは、嬉しい、嬉しいぞおおお」
「うわっ何だよ、……つーか、汚い!!」
雪音くんに張り付くジャージ神は顔中の色んな汁をねっちょりと雪音くんになすり付けながら感涙している。
「もう、わかったから、しつこい!」
ペリッと夜卜さんを引き剥がすと邪魔だから散れニート神、ひよりもさっさと学校戻れ、とあっちにこっちに言葉を投げた。
そしたら、ひよりちゃんまでも雪音くんに怒鳴られたああ、と感激の涙に埋もれてしまった。ああ、無法地帯。
この三人、凄く仲がいい。
仲の良いやり取りを見て、自分の残してきた関係が恋しくなった。
花好きの少年。また思い悩んで居ないか今度こそ声を掛けてやりたかった。
心配性で世話焼きのあの子。思い出した自分の主の事を話したかった。
だけど、私には未熟な上方法が分からない。記憶に穴があり、御狐神のやり取りがあってその後、どうして毘沙門の家の門をくぐったかは今でも自分で分からない。
そもそも、何で主と離れて、何も平気だったんだろう。小福さんや大黒さんも何もかも忘れて、思い出すことすら、しなかったんだろう。
そして、………
『帰ってくるでしょう?』
誰が、何処に。
解が怖くて、思い出したくない。
「一凛さん、すいません、一人きりでやらせてしまって」
二人を無事追い返した雪音くんは、そそくさと私に寄るとちり取りを私から取り上げた。
「いいの、いいの、これは本来私のお仕事だったんだから。随分サボってしまったから、少しでもお手伝いしたいの。
でも、ありがとう、雪音くん」
二人で玄関先の掃除を済ませると、待って、と雪音くんが私の袖口を掴んできた。
雪音くんは、真っ白肌に色素の薄い髪、発展途上の未熟な身体付きが、儚げな印象たらしめている。初めて日の元で彼を見た時は何て綺麗な男の子だろう、と思った。
雪音、と言う名前がぴったりの、きれいな男の子。言動は十代前半の年相応で、夜卜さんと何だか見るたび言い合いしているが、それが仲がいい証拠に思えて、凄く羨ましい。
ジャージの主に振り回されてぞんざいな扱いが目立つけど、心底では夜卜さんを慕っているようだ。慣れない頃「あ、ども」と照れ臭そうに挨拶をしてくれた。どうやったらこの可愛い子と友達になれるだろうと、色々考えてみたものだ。
「一凛さん、さっきの話ですけど…」
「え、さっきの、話って?」
「あの、使われる時…」
言いにくそうに口をもごもごされている雪音くんを見て、直ぐに合点がいった。
「あ、あれね!
ご、ごめん、もういいんだ、その事は!ちょっと聞きたかっただけだし、もう解決したし」
「か、…解決したんですか?」
更に雪音くんが白い頬を赤くする。
「忘れて!とにかく、もういいから、ごめんね、変なこと聞いちゃって」
これ以上、雪音君を困らせるのも嫌だったし、この話は終わりにしようと思った。
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