3

―――――――お前はとっくに死んでいる。

朴訥(ぼくとつ)と告げられた事実を、何故か私は直ぐに本当の事として、そうなんだろうなと納得した。

悲しくはなかった。

私たちは、にぎわう街道を連れ立って歩いた。
目的地は知らない。
ゴミゴミした人ごみの中、道しるべは広い背中のみだった。
可笑しいと思ったのは、だぼだぼのブルゾンと白衣(びゃくえ)というちぐはぐで目立つ服装にも関わらず、誰も関心を持たなかった時。
行きかう人はさも当たり前のように、私を一瞥(いちべつ)して、そして視線を外す。
でも、完全に透明人間になってしまった訳ではないみたいで、不注意で早足のサラリーマンにぶつかってしまった時も、サラリーマンのおじさんはちゃんと謝ってくれたし、ぶつかって尻餅を付いたときの衝撃、擦り傷の痛みもちゃんとあった。まるで、存在が希薄になってしまったみたいに、私、若しくは私たちは都会から切り離されていたのだと私になりにそう解釈することにした。

「じゃあ、貴方も死んでいるんですか」と言う問いには、「少し違う、でも似たようなもの」とあいまいな返事しかもらえず、思案をつづけながら、後を付いていき商店街を抜けると開けたロータリーに出た。
バスストップに乗客を乗せたバスが所々停車しており、それ以外に、タクシー待ちの人々もたくさん見かけた。

従ってステーションモールが併設された駅の階段を上りると、駅の改札が見えたので彼の目的地がここだったことを得心した。電車に乗るのかしら、改札にゆうゆうと歩いていく彼に続こうとして、はたと腰や腕、ブルゾンのポケットを探って途方に暮れる。

私、お金持ってない。

「あの、あの!!」

先に行かれる前に、思い切って彼に声を張り上げる。わあん、と当たりが一瞬静かになった。
彼は緩やかに足を止めて、私の方に首をひょいと曲げた。

「なに」

「私、お金、無いんです」

「だから、なに」

「私、電車乗れないです」

暫く私の方を見て思案していたが、結局、止めていた歩みを再開させた。
そして、驚いたことに、彼は、開け放しになっている駅員の窓口側の改札をゆうゆうとすり抜けたのである。
駅員は中年女性の相手に夢中で、目の前を通った侵入者に視線もやらない。

「え、」彼がこっちに来いと無言で促しているのが分かった。
どうしよう。私は悩んだ。
もしかして、気がついていないのだろうか、と言う疑問はさておいて、

でも、分からないからって、無賃乗車していいと言うことには、ならないんじゃないかな。
どうしよう、行かなきゃダメかな。
私はその場に立ち尽くして、白衣のすそをぎゅっと握った。このままだと、唯一私が頼れる人(かは良くわからないけど)に置いて行かれるかもしれない。
心細さと倫理を主張する正義感とを天秤にかけ、暫く逡巡していると、ひょいひょいと彼は、改札隔てたこちら側に戻ってきた。
いつまでたっても戻らない私に焦れて戻ってきてくれたのかと、置いてけぼりにされなかったことに胸を撫で下ろしていたのだが、彼は私には何も言わずに改札の真ん前で横におもむろに並んできた。何するんだろうと横目の上目で行動を追うが、彼はそろって、私と同じように黙って隣で駅構内を傍観しているだけだった。
良くわからない彼の行動と隣の存在感に、背中には冷や汗をかきっぱなし。
結局何を得心したのか、ふんふんと鼻を鳴らして、背後に消え、戻ってきた彼の右手には二枚の切符が握られていた。

「あ、ありがとうごさいます!」

目を白黒させながら、それを受け取ると、そっけない「いや」と言う返事が返ってきて、すぐに顔を伏せてしまったが、何だか嬉しいようなあったかい気持ちになりながらそのまま改札に切符を通した。




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