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「変な知恵吹き込んだな」
兆麻は胸ぐらを掴まれたまま、石畳に叩きつけられた。
細かい粒子の砂塵が舞う。唇をギリと噛み締め、口の砂粒を拭い最凶神のおもてを睨み返した。
積年の借りを返し、帰途に付いたその時に視界は天を向いた。姑息な。
夜卜や小福様とは先刻別れたばかりであり、自分が一人になるタイミングを狙っていたに違いない。
ーーーーー水蛭子尊(ヒルコノミコト)。
天から災いを齎す代名詞として、民草は平伏し畏怖と畏敬を込めて、その名を呼んだ。
忌む可き、崇める可き、現象の名。
狂乱の時代、栄華極めた都を貶めた名。
戦火、郷土を一夜して不毛の地に変えた名。
長らく姿を表さなかった男神はそこにいた。
毘沙門が拾った穢れの神器はこの忌み神の持ち物だった。
気紛れによって、何れだけの人間が命を落としたか。飢饉で村は荒れ、洪水で作物は腐り、荒んだ心は争いを産んだ。憎むべき、有ってはならない神。
その神が自分に何の用だ。
貴様の神器は喜んで返してやった。
これ以上、何が望みだ忌む神。
水蛭子は髪を振り乱し、悪鬼の如く形相で静かに烈火の怒りを周りに迸らせていた。
禍ツ神と呼ばれるイミナの意味がここにあった。
放たれる魔がビリビリと兆麻の肌を焼き、障りが身体を侵食していった。
これ程までに魔を内に秘めて、倒れない。
兆麻を排しようと爛々と双眸が輝く。
邪気に毒された魑魅魍魎どもが泡の様に肥大し、破裂した。断末魔が辺りにこだます。
「入れ知恵は毘沙門の祝か。笑わせる」
「貴様に分かるものか。神器が神器の役割を果たせない事が何れだけ苦痛か。
貴様のエゴで一凛は一度、落ちた。
其れを救ったのは、我が主の慈悲だ。
忌み神、これ以上の主への愚弄は許さない」
「アンタらの尺度でアレを測るな」
神器は主が為に有るのが必定、そして最上。主を複数持つ野良は其の為に忌み嫌われる。彼岸の住人が巡って帰着する場所はそこだ。自分の存在に意味を与えるのが、主への献身に他ならないからだ。
だとしたら、確かに、何かが少しズレている。
例えば、前提が。
些細な感情の揺らぎで主を刺し、精神的に未熟である癖に、魔を払う能力は高かった。
矛盾している。いや、いないのか。
魔を知るものは魔を嫌悪する。いや、重要なのはそこではない。
まるで、一凛は、蛭子命の為に生まれた神器のようだ……。
「ま、まさか、貴様……」
「………」
「……許されない、許されないぞ!天は何をやってる!!」
「アンタが喚こうが、オレはここにいる。
それ以上も以下もない」
「こんな事が、
ま、まて。何処に行く」
「興が削がれた」
すとん、と兆麻はその場で腰が抜け、尻をついた。
嵐は去った。
正に天のみぞ知る。
采配は、天の心のままに。
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