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「お願いします!」

続けて女の子は縋るように懇願し、真ん丸の双眸が悲痛にゆがんだ。

「兆麻さん、兆麻さんを呼んで下さい、
お願いしますお願いします!!
夜卜が大変なの!!夜卜を助けて!!!」

「あの、えっと、え……?」

始めは女の子のまくし立てるような剣幕についていけなくて、痛いから離して欲しいななんて思ってたけど、

「や、と…って?」

聞き間違いだろうか。確かにやと、って言った。聞き覚えのある名前。
私が話に食い付くと、一瞬言葉を探す様に黙った後、ハッと顔色を変え警戒心を露わして、
「あなたは…?」女の子は、一歩、二歩、後ろに後退った。
私、何かしたかしら。怪訝に思いながら、話を続けると、「夜卜さんが、どうかしたんですか」
なんと、女の子は足場の悪い階上で私の手を振り払った!バランスを崩して斜めになった女の子の腕を引っ張り危うい所で支える事が出来た。
行きなり、どうしたんだろう、
お尻に生えた尻尾がピンと立って毛羽立ってる。
「離して!」
「あの、暴れないで、危ないですから!」
金切り声を上げて掴んだ腕を振り乱す人間を放って置くわけにも行かない。話はちゃんと聞くし協力するから、と如何にかなだめすかせると、やっと警戒心を解いて深刻そうに口を開いた。




妙な事になった。
懐かしい名前を聞いたので、過剰反応してしまったが其れがその本人かは定かではない。快諾してから気が付いてしまった。
幸いに境内の中。毘沙門さまの境界の中とはいえ、こんな女の子を夜道に放って置くなんて出来ない。今更な気もする。いき、ひよりと言う名前を聞いてしまった。後悔しても遅い。ひより、さんと縁を持ってしまったんだ。
「ちゃんと私が雪音君に注意出来てたら、こんな事にはならなかったかも知れない、……夜卜が死んじゃう」
今度はうつむき加減に自戒を口にする。
再び懇願の目が私を捉える。
「お願いします、私は、どうなってもいいんです。でも、その前に、時間を下さい。
とにかく、兆麻さんを呼んで下さい。禊ぎ、をしなくちゃいけないんです!後頼みは兆器さんしかいないんです」
強い、美しい、目だ。
覚悟を秘めた、意思の強い瞳だ。
ーーーー禊ぎ。境界を駆使することで罪に落ちた神器をこそぎ清める行為。意味こそ知っていても実際に目にしたことは勿論ない。
よもやと思ったが、ヤスミを貰って苦しんでいる神は上下ジャージに何故か涎掛け、まごうことなき私の知る夜卜さんの特徴だと言う事が判明する。これは益々聞き流せない。
夜卜さんのヤスミは重篤で事態は一刻を争うこと、どれだけ探しても、無名の夜卜神の為に神器を貸し出す神は居らず、後一人が足りない事を言った。確かに兆麻さんはベテランの神器、経験があり、難儀を極める聞く禊ぎのリスクを考えれば最良の人選だと思う。
「私を、毘沙門天に突き出しますか」ともはや覚悟を決めた顔でひより、さんは唇を噛んで耐える。恐怖か、抗おうとする何かへか。意味が読めず眉を顰めるとそれ以上は硬く口を結んで言及を控えた。兎も角、兆麻さんを呼べとの事らしい。厄介ごとを持ち込んで其れでも兆麻さんが自分の呼び掛けに応える事を確信しているらしいが、何があったんだろう。兆麻さんと妖の少女がどんな繋がりを持つというのだろう。ひよりさんと夜卜さんの繋がりは。
ヤスミは主の首根を徐々に侵し巣食っていく。鬼道に落ちる程とはどの位の罪をその身に受けているのか、その『雪音』なるマユさんや野良さんとは違う夜卜さんの神器は何をしたのか。
もし話が本当なら一刻の猶予もない。
夜卜さんを私も助けたい。禊ぎか、若しくはうまくいかなかったら、その神器を放てばいいんだ。
心から沸き立つ、決意に似た何かが私をつき動かそうとしている。最近では、心の風向。この少女の為に私はここに居る、呼ばれた、んだ。
毘沙門さまの数ある神器の中では兆麻さんが適役なのは確か。しかし毘沙門さまには決して知らせないで欲しいと言うことを頼まれる。確かに、禊ぎには神器同士でしか行えないので主は関わりないのは確かだけれど、何だしっくりこない。

「あの、ひより、さん?私が、兆麻さんを責任を持ってお連れします、夜卜さんにはお世話になりましたし、私も出来る事があれば。
もし、兆麻さんが断られても、いざとなったら私が出ます。……やったことはありませんけど、力にはなれるかなぁと思います…!多分…」

「本当ですか?!」

肩を落としていたひよりさんはえ、と驚いて顔を上げた。

「毘沙門天の神器何ですよね、あなたは、夜卜を憎いとか、仇だとかは言わないんですか?」
「いえ、私は毘沙門さまの神器…」
「いえ、なんでも無いです、よろしくお願いします!」

否定する前に話を打ち切られた。
しかし、此処で油を売っている暇はない。事態は刻一刻と変化しているかも知れない。

「では、イキ、ひよりさん、私は後ほど、小福さん宅に向かいます」
「は、はい、あの…」
「はい」
「夜卜とは…」
「あ、ごめんなさい、まだ名乗ってなかったですね、
私は、一凛と言います。
気をしっかり持って、
夜卜さんをよろしくお願いします、ひよりさん」


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