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人は見掛けによらない一面だけを見てわかった気になるなんて全く浅慮。
でも、知らない事が当事者には幸せにひいては相手の幸せになる事もある、そんな教訓めいた事を、疲労困憊のこの自分の状態で身を持って教わった。どちらかと言うと、体よりも精神的なそれ。

「なにだらけてんのよ!
一緒に書庫整理やろうって言ったの一凛じゃない」

「あ、ごめんなさい、ぼっとしちゃって」

黙々と目録にしたがって作業を進める藍巴ちゃんは、私に喝を入れつつも手は休めない。兆麻さんと一緒にいるところが見つかって、藍巴ちゃんも一緒にやろうよ、と誘ってみた。面倒ごとを押し付ける気は無かったんだけど私が毘沙門さまの神器を差し置いて重宝されるなんてあってはならない事だと思うから。
藍巴ちゃんは姉様の為、で途端やる気を起こす。張り切ってる時の藍巴ちゃんの目はとってもキラキラしててとっても嬉しそうでとっても可愛い。止めていた手元を再開させつつも、しゃかりきに働く藍巴ちゃん。裏表が無くて愛嬌のある姿は好ましい。
しかし、私は無邪気になれない。それを静観しているもう一人の私が何処かに居た。
この業務だって、書庫に常在している私から見れば、必要のないものに思える。出入りする人はほぼほぼ居ないから頻繁にやる必要はけしてない。必ず、疑いの目をもってしまう。

「藍巴ちゃんは、本当に、毘沙門さまが好きだね」

「なんなの、急に!」

藍巴ちゃんは手にした書簡で顔を隠した。しかし、除く耳がすごく赤い。

「あったりまえでしょ、姉様はとってもお優しくて、そして強い。
それに、神器が主様を思うことは当然のことでしょ」

「そうなの?」

「そうなのってあなたね…」

また私は的外れのことを言って藍巴ちゃんを脱力させてしまったようだ。

「一凛って本当にわっかんないわね」

物を置いて、私のほうにいぶかしげに振り返った藍巴ちゃんは本気の顔で私をうかがっている。

「え、どうして?」

「言葉通りよ。一凛って時々何考えてるのかよくわからないもの。
一凛は主様のためにお役に立ちたいと思わないの?」

「私は、……。
ううん、自分でもよくわからないんだ、自分の事なのに可笑しいね」
藍巴ちゃんは言葉を濁しつつ、私に同情した。
一凛って可哀そうね、っと言った。

「遣える喜びも、それに、自分の器もわからないんだっけ?呆れた。
私はね、一世紀以上姉様の神衣として重宝されてるんだから。
今はちょっとお留守番の時が多いけど…、ちょっと丈長すぎって言われてたけど」

「そうなんだ、すごいね」

「一凛も、姉様に使ってもらえば?今の名前を捨てちゃって」

と、何度も吟味するみたいにうなずいた。もう、片づけなどそっちのけだ。私に言いつけた兆麻さんは多忙の身であるし、おしゃべりに興じる私たちを咎める者は誰もいない。そうよ、そうよ、と、自分のことでないのに乗り気だ。
そっか、すごいね、と相槌を打ちつつ、私は全く別のことを考えていた。そっか、それは当たり前のことなんだ。神器が主を慕うことは当然のことなんだ。身を置くためだけに先の神様を探す神器らがいて、一人の神様に献身する神器らがいる。
私はどれも、いやだ、と思った。
私は、藍巴ちゃんとは違う。












ふと、

私は顔を上げた。初めは奇妙な胸騒ぎだった。なんだか騒いでいる物は、すごく大きく聞こえる。

「どうしたの、一凛ちゃん」

落ち着かない私を気にかけて、陸先生が怪訝な顔をする。夢うつつで私は答えた。

「声が、します」

釣られるように歩き出す。

「え、なに?ちょっとちょっとどうしたの」

馥郁の。

悲痛の、叫びの。

「ねぇ、どうしたのっておい!」

久方ぶりの、この感覚。

誘われるように、私はそこへ向かう。





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