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「部外者に大切な帳面を触らせるとは何事だ。その軽率な態度が主を危険に晒す」

「そんないきりたたれましてもねぇ、一凛ちゃんは今や主様の大切なお客人。其れ相応の礼儀を持って接するのが道理と言うものです、違いますか」

「其れが間違いだと言っている」

「この、がんぜない神器が脅威になると」

「そうだ」

「兆麻さんと有ろう方が何を恐れていらっしゃるので?
毘沙門様のご意向は皆のご意向。
主様のお気持ちを察して遣らずに、何が神器か道司か。
一凛へのご無礼は私が許しませんよ。貴方がその調子では毘沙門様が貴方ではなく一凛を呼ぶのも分かると言うもの。
その調子で、毘沙門様を追い詰めては居ませんな」

おっと差し出がましい事を言いました、と丹前で口元を抑えて、ちらり。
この空気をどうしよう。

「あの!!」

この空気を何とかし無くては。二人に挟まれ頭上を飛びかう互いの戒めの応酬をはらはら見守っていた私だけれど、当事者を置いておいて、其れに私が何もしないのは如何なものか。兆麻さんは顔を顰めたまま、前のめりの姿勢を横へ、陸先生はくるり、と今私の存在に気が付いたという何気無い仕草で、両方の視線が私の方へ。

「あの…」

ごくり、喉がなる。蛇に睨まれた蛙。言うべき言葉が喉元に引っかかって出てこない。何か用がある訳ではなかったのだし。
兆麻さんに至ってはお前の血は何色だぁ?の形相である。ひゃっと体がすくみ上がり、全身が硬直した。余計なこと、言わなきゃよかった…後悔先に立たず。
この二人が仲が悪いなんて聞いてない、仲がわるいわけじゃないのかも知れないけど、意見の相違は起ってるみたい。もしかして、顔を付き合わせる度に毎度こんなツンケンなやり取りをしているのかな、疲れないのかしら。藍巴ちゃんも、ちょっと分かってたんなら言ってくれても、いや、やっぱり私がいけないのかしら。元々私のことについての話だったんだし。
だったら私がどうにかしてこの場を和ませないと。二人が私の二の句を待っている。
ネタを突然振られた芸人みたいに何か、面白いこと、上手いこと言わないと…と注目されると思ってしまう。
何か、何か何か…頭を悩ませれば悩ませるほど訳が分からなくなって来た。

「び、毘沙門さまって、

とっても、び、美人なお方ですよねっ?!」

逝った。終わった、私終わった。そして、何言った。
何だろう、凄く死にたい、いや、死んでるけど。
何を思って、この口は?毘沙門さまは確かにお綺麗な方だけど、話の方向転換にしてはお粗末過ぎる。
と、自覚しつつも、もう引っ込みがつかない。取り敢えず、満面の笑みと、無意味に晴天を指した右手だけはキープした。ひくひくっと口はしが、引き攣る。
そして、ほら来た。陸先生の哀れな者を見るような目。憐憫の言葉が優しく目に染みる。あれ、目にゴミが入ったみたいだ。大丈夫?て聞かれた。大丈夫って何ですか、頭の方の心配をしてくれてるんですか。

「ま、まぁ、確かに、毘沙門様はお美しいね」

フォローも虚しい。
フランクな陸先生ですら戸惑わせる私の空気の読めなさ加減。さぞかし、兆麻さんは下の下の下等生物、虫ケラを見るがごとく私を見下しているんだろうと思って恐る恐るそっちを伺えば兆麻さんの眼鏡は熱気で曇ったか、陽光を反射しているかで表情は見えない。ただ、無言でクイ、と眼鏡を掛けてる人しか出来ない頭良さげのそのポーズ。眼鏡のブリッジを神妙に中指で上げて、静かに言った。……ほほう、それで?ーーーっと。
それで?!心で大絶叫する。
苦し紛れに言った言葉の更に上を求められてしまった。「あの、えっと、」お前にその資格が有るか試してやろうではないか、緊迫感のある空気がそう言っている。助けを求めて、横に視線を向けると、スタコラサッサと逃げて行く陸先生の後ろ姿が小さくなって行く。逃げられた?!
時間は、まっちゃくれない。探り探り言葉を当てつつ、とりあえず、褒めておけば?!

「その、肌が白い、髪が長くて綺麗…、あ、や、優しい!」

これで良いんだろうか。と、兆麻さんの身の乗り出し方で、大袈裟なふりの首肯で間違って居ないだと何だか勇気付られた。
何故だか喜んでいる兆麻さんを見てちょっと嬉しくなってしまった。こんな風に兆麻さんと事務的な事以外で言葉を交わすことは私にとっては初めてのことだった。厄介を持ち込んだ劣等神器を見る目はいつも厳しかった。嫌そうな顔、厳しい顔、しか知らない兆麻さんのこんなに嬉しそうで興奮冷めやらぬ上気した表情を見たことがなかったので……。ぴーひょろろと何処かで鳥の声が飛ぶ。何て平和な日常が流れているのかしら。誰でもいいから助けて頂きたい。
「すごく、美人、すごく強い、かっこいいくて……」
貧弱な語彙では直ぐに褒め言葉のストックが尽きてしまったがともかく、言葉は繋げる事だ。勢いは大切な要素だ。気持ちが籠っていれば万事OKだ。
そして私は、兆麻さんの新たな一面を知る事になってしまった。



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