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「一凛!」
「藍巴(あいは)ちゃん」
「こんなところ居たの」
高めの声が私を呼び止める。藍巴ちゃんはミニスカートを跳ねさせて、パタパタと駆けてきた。
また、あんたは、という顔。
きん、と頭に響く声で私の場所の不定さを罵ったあと、小さく嘆息する。
「あんたを相手にしてると、何か手ごたえなくって」
「ご、ごめんなさい」
「謝んないでよ、余計腹たってくるから。
私は、姉様にあんたをくれぐれもって、頼まれてるの!あんたに何かあったら私が困るのよ」
「あの、ごめん…」
「はあ、もういいわよ」
藍巴ちゃんはいつも怒っている。ぽんぽん思った先から言葉が出てきて、凄く元気。
押しに弱い私とは正反対で、自分をしっかり持っている。だから、ひがなほわんと漂ってるような私には何か言わないと気が済まないみたい。
藍巴ちゃんは、何故だか少し疲れた顔をする。
「あんたが私を疲れさせてるんでしょ、少しはやる気とかもっと感情みせたらどうなのよ。だから、未だに馴染めないんじゃない」と的を得た言葉で私を叱咤するが、私は、正論を貰っても右往左往するばかりで、何をどうすればいいのか、分かったとしても術がない。
そうだね、ごめんね、と私が返すと藍巴ちゃんはまた大きなため息をもらす。


「好きね、そんなの読んで」
腕の中に携えていたハードカバーを指して言った。
「コレ?あの、好きっていうか、私、まだまだ知らない事たくさんあるから、勉強しなさいって兆麻さんが」
「ふーん」
「気になるんなら、これ貸そうか?陸先生に言っとけば大丈夫だと思うし…」
「いらないわよ」
「そ、そう?なら必要になったら言ってね」
じいっと薄めで凝視してくるから、この本に興味があるのかと思ったんだけど、どうやら私の思い過ごしだったみたい。
「一凛ってホントにこんなの読んでるの?」と訝しげに聞かれたので、わかるとこだけ陸先生に教わって、と言っておいた。
「一凛の無知さは良く知ってるけどね!
呪も詩も知らない神器なんて始めて会ったわよ。ウチは教育環境が整ってるっていうのもあるんだろうけど」
「うん、私、文巴ちゃんが先生だし…」
「ま、前よりはマシになっちゃったんじゃない?境界も引ける様になったんでしょ?」
「う、うん、一応。兆麻さんが付きっ切りで教えてくれて、やっと」
「よかったじゃない!」
手を合わせて藍巴ちゃんは声を跳ねさせた。
「うん、そうだね…」
暗い顔をしてしまうのは訳がある。兆麻さんと対峙し、立っていたのは、私の方だった。
「時間がある時だったら、私も見てあげなくはないわよ」
藍巴ちゃんは肩を叩いて、私を慰めてくれる。走り回っていた理由は、兆麻さんが私を探していたとか。文句を言いながら、藍巴ちゃんは私を先導する。屋敷は広いから、人一人探すのもどこどこで見た、誰々が呼んでいた、と伝言ゲームみたいな事になる。

ーーー。要件も終わり、ピリピリした空間から解放され、ドアの柄部分を握りしめて胸を撫で下ろした。壁に背を付けて私が出てくるのを待っていた藍巴ちゃんは、難しい顔で足元を見つめ、床を一回ける。

湧いて出てきた私を一番警戒していたのは年が近くて、気の強い藍巴ちゃんだった。
人が多すぎる場所。自分が埋没してしまいそうな神器の多さ。一人誰か紛れ込んでも今更誰も気にしない。
藍巴ちゃんは、あなた心配だわと、私の世話をする。例え毘沙門さまの命でも私には有難い。私が来る少し前に下ったと言う眼鏡のお団子頭の女の子。割かし年が近くて、気さくな性格の女の子とも話だけど、直ぐに雑多な生活に呑まれるうちに疎遠になってしまった。
藍巴ちゃんがそのお団子の子より、私の方と仲良くしてくれる理由は…、やっぱりあの子が新しい神衣として毘沙門さまが帯同するからなのかしら…、と嫌な考えをしてしまった。自分に自信がないからって損得で考えてしまうのは、藍巴ちゃんにすごく失礼だ。
生暖かい関係、どこか空々しい。ここの人達の完成された笑顔を見る度に、なんだか嫌な気持ちになって、変な子と言いつつ𠮟咤する
藍巴ちゃんといた方が全然よかった。
その藍巴ちゃんが気にしているのは、私と毘沙門さまの関係。

入室して、お会いした毘沙門さまと横に常に帯同している兆麻は、重々しく私を待ち構えていた。毘沙門さまは言った。――済まない、と。
天下の毘沙門天に有るまじき言葉。神器に頭を下げた。


「姉様の御用はなんだったの?」
徐に藍巴ちゃんは口を開く。
地面を蹴るのを辞め、顔を上げた藍巴ちゃんは、でも、「姉様、私の事、何か言ってた?」とも。
「何で姉様は、私じゃなくて一凛を呼ぶの」
「あの、多分、不慣れな私を心配して下さってるんだと思う。毘沙門さまは慈悲深い方だから」
「そっか、そうよね!姉様はとってもお優しいから」



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