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暗闇でそこが見えない部屋に滑り込みドアで背中を支え、ホッと一息。しかし、俊敏な手際で誰かの手の平に口を抑えられたのだ。不意打ちのパニックに陥った私は夢中でもがいたが、右手左手と順番に抑え込まれきつく体を覆うように拘束され、なす術がない。

「ちょっと、お嬢ちゃん。大人しくしといて貰うよ」

声なき声。一旦暴れるのを辞めると、ぺろりと舌舐めずりの音がする。

「よーしよし、そうだ。無駄な抵抗は止せ、嬢ちゃんは見たとこか弱い女の子。
オレは健全な男の子。力の差は歴然、外は仲間がたあくさん、オレが大声挙げたら、いっぱい人が集まっちゃうね」

だから言うことを聞けというのだ。脅しと取れる言葉。

「で、外がなんだか騒がしいみたいだけど、お嬢ちゃんのせいなのかな?」

聞かれても顎を固められて、腕を取られていたので首肯が出来ない。ふと目を伏せればそれだけで何やらを合点した。この口調の軽薄な男は、巫山戯ているのか「あれ、もうちょっと抵抗してくれても良かったかも。この体制役得役得ぅ」とセクハラじみた事を言い出して、ひゃっひゃっと私の頭上で笑う。凄まじくサブいぼが立った。

その男の緊張が弱まった一瞬に、手のひらに噛み付く。ざら、と塩っぱいいやな感触がする。ぎゃ、と相手は飛び上がり、拘束が解かれる。飛びずさり、相手から距離をとった。今こそ、教えて貰ったことを活かさなくては。強い嫌悪、それを恐怖で凌駕させ、相手と自分を分つように、

「一線!!!」

私は人差し指と中指を添え、構えると一字を叫びと共に切った。

「うぐっ!」

閃光が走り、男の体は後方に吹っ飛び、暗闇に、消えた。

ーーガラガラガッシャン

そして、凄まじい音と男の断末魔の叫び声。

「あ、え、ごめ、」

やっと目が暗闇に慣れてきた。人影は大きな何かを巻き添えにして仰向けに倒れている。壁伝いにドア辺りを探って、部屋の明かりを灯してから振り返ると、浅黒い肌の甚平男が大破した木製の棚らしきものと割れて散乱した瓶、ガラス塵芥共々ひっくり返して目を回している。

「ご、ごめんなさい!!!」

や、やり過ぎた!どうしたらいいだろうと男の頭の元に膝を付いて、諸々を慎重に退かして男を掘り起こす。男の体重で真っ二つの材木を退かすと、男の腕から出血しているのが目に入った。横斜めに入った焼けた様な傷跡。肘の関節から腹まで、民族衣装のような衣服を切り裂き、血肉まで届いている。幸いにして出血はそれ程酷くなく、大事にいたった様子はない。それでもさあっと頭から血の気が引いた。

「ご、めんなさい!!大丈夫ですか?!
怪我、しちゃってます、夢中で、本当にごめんなさい、ああ、どうしよう……お医者さん、いや救急車!!!」

わあわあと騒いでいる内に男が目を覚ました。

「ああ、イテテ……かわいこちゃんが俺の心配をしてくれてる。ここは…天国?」

「ああ、天国チガウ!戻って来てください!」

ガクガク揺さぶると更にきゅうと男の頭から魂が抜ける。咽び泣く私、ああ幸せだ今すぐ行くよとか何とブツブツ言ってアッチ側に今旅立たんとする男。ああ、この無法地帯。

「でええええ!切れてる!切れてるよ、腕ぇ、マジいてぇ……!オレが何したってんだチクショウ…!!」

「ほんっとごめんなさい!!」

三つ指付いて土下座する私。

「身の危険を感じて、どうにも鳥肌がたって我慢ならなかったのでかまっていられませんでした!…ごめんなさい!」

「あのさ、謝る気、ある?」

「傷、大丈夫ですか?凄くいたそう…手当しなきゃ…」

「キミいい度胸してるよねぇ!」

ああーと辺りを見回してやっちゃったなぁと男の方は深い溜息を零す。膝を叩き埃を落とした後、腕まくりをして立ち上がる。ごちゃごちゃした散乱した中から小さい小瓶と探しだし、あったあったと蓋を開けて傷に塗り始めた。包帯を取り出して腕に巻き始めたので慌てて其れを抑える手伝いをした。

「ん、ん〜やっぱり……」

「……?なんでしょう?」

「お嬢ちゃん、近くで見ると更に可愛い!!上目遣いがかなりグッ!」

手が塞がってるのをいい事にそろっと腰を撫でられた。

「セクハラ!!!」

「何で!!?」

思わず下から上に突き上げるようにアッパーを叩き込むと、ぐはぁと気持ち悪い叫びを上げて再び床とお友達になられた。
今度はめげずに顔を抑えて、ゾンビの様に身体を起こす。

「な、ナイスパンチ…癖になりそう…」

「いやあああああ!!!」

くはっと血反吐を吐きながら殴打した鼻からはダラダラと血が流れている。血を流しながら、ニヤニヤと嬉しそうに笑っている。頬を高揚させて、はあはあと息を荒げてこちらに体を引きずって……

「陸巴(くがは)!!大丈夫か!こちらに進入者が……!!」

その時。神の助けか天の助け。ダン、とものすごい勢いで放たれたドア。
一秒の間。
見ず知らず、の女。と其れを追い詰め、飛びかからんと言う体制のハアハア息を上げる男、と言う図。

「うわああああああ!!」

声の主が叫ぶと、私の鼻先スレスレにぶん投げられた何かが男の顔にジャストミートし、

「何で!?」

めり込んだ物体は広辞苑程の厚い書簡。その角が頬に直撃し、今度こそ、床に沈んだ。

「あっ」

気まずい空気が沈黙の一室に流れる。私が弱らせ、遂にとどめを刺されてしまった男の方は大の字にうわ言をいいいい倒れている。
しまった、と冷や汗を流す、さっきドアを蹴破った眼鏡のインテリそうな男の方は眼鏡のブリッジを仰々しくくいっと上げた。ダラダラとその瀕死の彼とインテリスーツの方とを見比べる。ど、どうするつもりなんだろう、この収集は。

「……そこの、お前」

「は、はい!」

「俺は何もやっていない」

「え、……」

「お前は何も見なかった」

うわぁ、目が怖い。



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