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「これが終わったら、」
「え?は、はい」
「食いたいものなんでも、アンタの好きなのを言え、」
「あ、一緒に入ってくれるんですか」
「約束したからな」
てくてくてくてく、道なりに私はヒルコさんの後ろを付いて歩く。
「あの、何だか、久しぶりですね。こうやって外を一緒に歩くの」
「そうだな」
「あの、何処にむかってるんでしょうか」
「人に会う」
用事だけを簡潔に言い渡される。
人ってだれだろう。
そして到着したのは、若木が乱立する公園と言うのは少し雑然としたいつかの公立公園。

「こ、ここ」

迷いない足取りでヒルコさんは草子を分け入り、場所にして端っこの風化しつつある稲荷の大社の前に立った。昼間日の元で眺めると更に彼方此方に毛羽立った材木の古さが際立って、吊るされた大縄が土に黒ずんでぼろぼろと崩れている。澄まし顔のヒルコさんは、すん、と鼻を効かせると、賽銭箱を罰当たりに爪先を軽く上げて小突いた。
「ひ、ヒルコさん?!」
「出て来い、別に何もしない」
更に、容赦無く、賽銭箱を蹴る。ただでさえ雨ざらしの所為で色が禿げ、木も腐りかけているというのに、ヒルコさんは容赦ない。
「なにしてるんですか!こ、壊れちゃいますよ」
慌てて止めるが私には構わず、
「主の居ない社に存在価値はない」
そ、そんな殺生な。ヒルコさんは何がしたいのかしら、なおもガツガツ攻撃を加えるのでミシミシと装甲がはげ、留め具が今にも弾けそう。なんだなんだと私は泣きそうになり、
「か、勘弁してくだせぇ!!」
可愛らしい子供の声がしたかと思うと、ぼおっと微かに砂ぼこりがまい、私達の目の前には。
「大神さま、何卒、何卒、ご容赦をーーーー!!!」
ちんまりとした生き物が、自分の一回りを大きいボロの賽銭箱を大事そうに噛り付いて、ヒルコさんの未慈悲な破壊を阻もうと全身を盾にしていた。そのちんまりとした生き物、威勢の割りにはブルブルと怯えて、目は破壊神の顔にくぎ付けである。
まん丸の目、細い鼻、尖らせた毛並みの耳を下に伏せて、その、狐のような珍妙な生物は首を振ってイヤイヤを続けていた。
「聞こえてたのに、居留守か」
「め、めめ滅相もごさりませぬっ!気づかなかっただけにごさいます、昼間はどうも、もののふは夜行性っていうでしょう?」
「あ、あの、あなたは……」
狐の様な生物は、私に始めて気がついて、くるんと尻尾をたて、体制を整えた。
「ああ、いつかのお嬢さんじゃあありませんか!お久しゅうごさいます!ああ、あの晩は大時化で、私ども低級は直ぐに感化されてしまいますからして、お声を掛けようにも早々外に出ること叶わず、いやはやどうしていらっしゃるのかと案じておりました…いえ、誠にごさいますよ!断じて臆病風に吹かれ篭っていたのでは…」
「あの、もしかしてあなたは」
ぺらっぺら早口の一息で器用に狐の口から言葉が出てきて、どうしてよいやら口が挟めない。やっとの事で話を折ると、
「いやはや、わたくしとしたことがお恥ずかしい!お初にお目に掛かりますや、お嬢さん、わたくしはこの社の主にごさいます」
やっぱり。この狐擬きはこの古い社の持ち主だったのだ。夜卜さんとここに逃げ込んだ時には、御隠れあそばしたと話して居たけれども、息を殺して頂けでちゃんと居たらしい。何だか感動してしまって手を合わせて、その狐の丁寧なお辞儀に黙礼した。
「元々はここ一帯の村の土地神だったのですがねぇ、かぎゃく、とやらの進歩に例に漏れずついていけませんで。現役引退したからには潔く土地を去る予定でしたがね、それが、何がえにしになるかわかりませんな。わたくしの社をぞんざいに扱う小童どもが、ちょっと驚かすつもりが……それが最近は油揚げだの、五円や十円やと備えてくれるようになりましてのぉ。いやはや、本当にえにしとは、わからないものですね、はい。最近はわたくしのことは、そうですね、狐狢狸(こっくり)なぞと呼ばれます。きつねむじなたぬきとは、わたくしが元が野狐であったのがこんなところで役に立つとはね、わからないものですね、最近は、出張も有るんですよね、呼ばれるんでね、土に生きるわたくしがですよ。まあ、ちょちょいとサービスしてやるのもわたくしの仕事と割り切っちゃあいますがね」
そのお狐さまは話すことにとっても植えていたようで、いやでも元来話好きなのだろう、早口で良く喋る。どうしようと隣のヒルコさんを伺うと、興味が薄れもう明後日の方向を向いて助けてくれる風じゃなかった。
「あ、あの…」
「ああ、お嬢さんはもしや、大神さまの神器さまでいらっしゃるので?」
この狐さま、話すだけ話せばスッキリしちゃう、人の話を聞かないタイプのひとだ。
「ながい、いい加減にしろ」
「ひいっ!!」
「仮を返しに来ただけだ」
おもむろに懐から厚い長財物を取り出し、束を、そのまま賽銭箱に突っ込んだ。
「世話になった。これでこのボロいの新調しろ」
「へへーー!!」
お狐さまは謙って地面に頭を擦り付けた。
また、随分震えて怯えているみたいだけど、大丈夫かしら。そして、ヒルコさんの金銭感覚もこのままで大丈夫かしら。

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