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ヒルコさんは私の答えにあからさまに、むっとした顔をして、扉の方を指差しいった。
表情筋の乏しい主のお掛けで微々たる表情の変化を読み取れる。
言い方を間違えた、と思ったのはその後だ。

「なら、夜卜神の方に行けばいい。オレは知らない」
「ちょ、ちょっと待ってください」

これは私が悪かった、と思うのだけれども、何故ヒルコさんがこんなにむきになっているのか分からない。
誤解を解こうと決死に言葉の接ぎ穂(つぎほ)を探すけど言葉が出ない。もう夜半の良い時間だと言う事に今更気が付く。
声のトーンを一段階下げて、でも私は必死だった。誤解されたままは嫌だ。

「だって、ヒルコさんは、私の主で、夜卜さんとは違います」
「違うって、なんだ、分かるように話せ。
末席の神器切りごときをアンタは庇うのか」
「ええ!?」
「やっぱり殺す。あの生意気な口を二度と叩けないように」

生意気なって………夜卜さんは何を言ったのだろう。
ヒルコさんは無頓着に見えて、時々固執が過ぎる所が時々見受けられる。
過剰に何度も私に対して『モノ』と連呼する。『モノ』扱いも実際本当の事なので腹も立ちはしない。物として本当に無情な勝手されている訳でもなし。
だけど、ヒルコさんは私を『モノ』として分類したいみたい。
私は首を傾けるしかなかった。彼の何がそこに固執させているのだろうかと不思議だった。私は私で、その魔法の呪文を心待ちにしていて、その口から自分と言う立ち位置が肯定されるのを待っている。おかしな事だ。

夜卜さんの何かはヒルコさんの柔らかい部分をざっくりと傷つけたのかもしれない。
私の知らない『ヒルコガミサマ』としての矜持(きょうじ)か何か。
私達には時間が足りない。だって、まだ私は目覚めたばかりなのだから。
夜卜さんは「神器殺し」だとか言って私を脅し付けてたのも根本の所はここに起因(きいん)してるのかしら。
夜卜さんへの意地か。ヒルコさんは続ける。たかが外れた様に今日のヒルコさんはよく喋る。

「オレは、アンタの考えてることはやっぱり分からない。何したらいいのか結局わからなかった」

チラと私を盗み見る目。
やや有って、ぎしり、と歯軋りの音。

「こんなのは、可笑しい」

いつか聞いた、あの例の言葉。前に見えなかった本音が、少し見えた気がした。

神様って大変だ。私は元々自分のお主に召された時も神器の自覚がなかった。

神様と神器と人間と。境界が曖昧で。

だけど、私にしか分からない不安や寂しい気持ちが存在する様に、想像するしか出来ない。もしかして、わかろうとしてくれてるんだろうか?

「嬉しい、だ」
黙りだったヒルコさんが、ふと、恨めしそうに背中越しで私を見る。

「え」
「オレが可笑しくなったのが嬉しいか」

神器と主の繋がりは、主が察しが良かったら話は違うのかもしれないが、早合点(はやがてん)のきらいがある主は、勝手に私の気持ちを自分の尺度で測ろうとする。

「アンタ、嫌いだ」

嫌いって、子供の悪口みたい。
元来無口だからか口を開いたときのヒルコさんの語彙力って結構貧弱だ。

「私の、考えてることが分からないって…」
「それが、なに」

何が最終手段かって、そのいじけた背中に抱き着いて見る事が、貧弱(ひんじゃく)な頭で考えてその場で出来た全て。
理由は簡単、小福さんが引っ付かれたとき、あったかい気持ちになったから。

後ろから首に腕を絡ませて、ぎゅっと体全体を密。
私にとっては清水の舞台から飛び降りるような思い切り。
私はヒルコさんの神器だもの、伝わるよね。ざんばらな髪に覗く首筋には、爛れた様な跡がある。
胸がしめつけられる。

ヒルコさんの放つ熱が腕に体に伝わってジンとして、やっぱり落ち着く。
ずっとこうしてられたら、いいのに。
とても幸せな気持ちで、愛しい気持ち。
神器と言うのは主を慕うように作られてるのかも知れないと思った。
その方が役割的にも都合がいい。きっとそうだ。
そうだとしても、それで私は構わない。

それが、私にとっての、多分しあわせ。

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