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私はヒルコさんの神器なんだからと、一生懸命、一生懸命、ない頭で、考えた。
それしか私に能がない。
今迄通りもたらされる幸福を有りのままに甘受(かんじゅ)出来ないほど、妖に追われたあの夜のことは私にとってショッキングな出来事だった。

私には夜卜さんの握る、白刃(はくじん)の剣が脳裏によみがえる。
神器は何をするのが役割かと言うと、それは、神の器になる事。
それに行き当たらなくて、不安に胸を震わせていたのは、私に全く心当たりがなかったから。いくら死んでいたって、人間以外の何かになるなんて経験したことない。
でも、私はそういうものらしいと聞かされて、私はヒルコさんの説明不足と言葉足らずを少し恨んだ。
一度頼んで見せて頂いたが、大黒さんは『黒器』と言って、見事な扇子となり、大時化を呼ぶと言う。だったら、私はなんなのか。
神器として役割を果たしたことが無いと言ったら、大黒さんも小福さんも、それに夜卜さんも驚いていた。だったら私はなんなのか。背中にある『一』の一文字だけが口癖のように言われる「ヒルコさんのモノ」である証拠だ。
たったこれだけ。
器にならない神器など、ただ魔をもたらす忌まわしい存在でしかない。
私は、ここまで、考えが居たって初めて気がついた。
ヒルコさんは私が気に病むことを心配していたんだ。
私は『連れていけない』とあっけなく私を突き放したヒルコさんを少し恨めしく思った自分が恥ずかしくなった。
神器、は何のために居ると言ったら、私みたいにただ飯くらって、世話してもらってのほほんと出された愛情に感けることが仕事なもんか。
大黒さんは、「道標」として小福さんのかたわらに居ることが大黒さんの仕事で、小福さんがいつも楽しそうで幸せそうなのは、大黒さんが小福さんのことをとっても大事に思っているからじゃないかな。
置いて行かないでと駄々を捏ね、あまつさえ現状に甘えて妖に魅入られて取り込まれようとする、馬鹿ななりそこない神器。
なさけない。この間にも、思い悩めば悩むほど、私はヒルコさんを刺す。
だから、私は悩んではいけない。強く、強く心を持たなくては。
私が、弱いから。まんいち、この優しさが別れの兆候(ちょうこう)だったとしても、私はそれを受け入れなければ。

何度目かの夕食時。
小福さんと大黒さん宅に居候三人と、仲良く卓を囲むのが通例(つうれい)となりつつあった。
ヒルコさんは相変わらず、私の真似をしたがる。
今日も、驚くべきことに、あの面倒臭がりのヒルコさんが、だ。
一緒になって配膳を手伝っている。慣れない所作で料理皿を運んでいる。大黒さんは最初こそヒルコさんの奇行を不振がっていたが、今や何か得心しているようで遠慮なくヒルコさんをこき使うようになった。

『神器の触りは、主へ』。
なのに、私は、悩んでばかり。
次から次に節操(せっそう)なく、何かあらを見つけては、またうじうじと悩む。
こないだ、夜卜さんと、頑張りますと約束したばかりなのに。

思惑にふけっていると、突然、前屈んで卓に皿を並べていた手が止まった。
おやと思う間もおかず、大股で意中(いちゅう)の男が私の下に来た。
阿呆面(あほづら)で、御椀片手にねぶりばし、こんな調子で凝視していたら、気になるのも無理はないよな、と芒洋(ぼうよう)と男を見返す。投げている私の視線が鬱陶しかったのかもしれない。
「あのさ」
「え」
「ホント、なに」
でも、それは違ったよう。
この疑問は、多分一時のことでなはなく、私から感じる視線と、ヒルコさんに届いているであろう、今にも逃げ出したくなるような私の不安で不安でたまらない気持ちに付いてだ。
扱いに困る、どうしたらいいか、分からない、と言う沈黙の間。
でもそれは、問い詰める様な雰囲気でもなく。本当に何がこの人に変化をもたらしたのか。自意識を捨てて考えてみれば、私の居ない間に。『用がある、連れてはいけない』と私を置いて行ったあの夜から、だ。
この考えは、本格的に何だか胸がもやもやした。
大体、神器も私だけと言う保証はない。
小福さんと大黒さんも知らない、私なんかより使いのいい神器が居たって。
野良さんと夜卜さんみたいに神器は常に一緒に居なきゃいけない訳でもないみたいだ。
逃げたい、と思った。でも、もう、夜闇にすがるようなことはしたくなかった。
それは一番主に障る事だと聞かされなくても分かるから。
「えっと、………何でもないです」
更に、ヒルコさんは追及する。
「一凛、何考えてる」
こういう時に名前を呼ぶ。
ヒルコさんはがしがしと頭を掻いて余所を向いた。私は憮然と下を向く。
ただ、一言、聞ければいいのに。
「コラ!そこぉ、見つめ合うな、いちゃつくな!オレへの当てつけか!!」
しんみりとした空気を、何も知らずご飯をかっ込んでいた夜卜さんがぶった切った。
「うるさい」
ヒルコサンははあ、とため息交じりに立ち上がり、私の頭を軽く叩いてなだめた。
話はここで、おしまいだ。こうして、私がヒルコさんに聞けないことが増えていく。

「夜卜ちゃん、ご飯のおかわりいる?」
「あ、小福さん、私がやりますから、座ってて」
「ちなみに、オレは一凛とは夜通し語った仲だ!大親友だ!蛭子神さまが居ない間にな!
境界の引き方を教えたのもオレ!へへーん、羨ましいだろ、う、ら、や、ま、し、い、だ、ろ!」
「………」
「ひ、ヒルコさん、食事中です」
みんなで食事を囲んで、出会いは二人だった旅が、私の世界は二人っきりだったのが五人に。
これからもっともっと増えていく。
それに伴って、もっともっと問題は難解になって、絡まって絡まって、窮屈になっていく気がした。
死んでしまっているけど、人間には希薄な存在になってしまっているけれども、少しずつ積みあげていけるかな、と思う。
そうしていったらいつか、使って少しは疑問も減るかしら。みそかっすな私と少しでも一緒に歩んでくれるかしら。闇の底を恋しくなくなる時がくるかしら?
でも、今はまだ。
これは、私の、『神器』の問題なのだから、私はヒルコさんをただ信じて、その変化を肯定的に捉える他ないと思う。ヒルコさんが、誰かに優しくしたいと思うなら、疑いなどなかったふりをして、それでよいんだと暗示をかけて、嫌なことは気がつかないように、自分を偽れるような強い自分を持てればいい。
変化を望むのなら、私はそれを喜ばしいものとして受け取らなければいけないだと思うから。
私はただ、あの言葉を信じよう。

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