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最初、小福さんの言っていることがよくわからなかった。
小福さんは天真爛漫(てんしんらんまん)なようでいて、そのじつ、周りをよく見ている。
私を夢想(むそう)の世界から良く我に返らせてくれたのは小福さんが声を掛けてくれた時だ。
私の事で、随分気を揉ませてしまったと思う。
先日の事もそうだけど、主が不在で、心に隙間風が吹いていた私の様子をいつも心に掛けてくれていたのは小福さんと大黒さんだ。
私を気にかけてくれる人がいるそれだけで、なんだか励まされた気分になった。

私には全然自分に確信が持てない。
私はここにあり続けていいのか、私は果してヒルコさんの『神器』として名乗ってもいいのかどうか、とか。
身一つで積み重ねた基盤(きばん)が何一つないからつらい。
満足に武器にもなることが出来ない未熟者。だけど、言われた。
ヒルコさんは「消えなくてよかった」と。

「言いますよ。でも、タイミングがつかめなくって」
「ダメなぁ、いちいちはー、言いたいことちゃんと言わないからダメー。
ちゃんと伝えないと分かってもらえないよ?」
「はい、肝に銘じます」
「よしよし、いいこいいこ」
「なんか、本当に、すいません」
「ん〜?いえいえ〜」

私は無知だ。
だからこそ、私の取り巻いているこの環境を受け入れて、大事に大事にしなくちゃいけないんじゃないかな。
もらった一つ一つの親切や大切な言葉が、私を構築していく。
それが、一から作る、新しい私になる。

勝手口から表に出ると、商店のカウンターで、何やら神妙な顔した仏頂面の神様が不器用な手つきで、段ボールの駄菓子などの商品を小分けする作業をしていた。
その横顔が妙に真剣そのもので、私は吹き出しざるを得なかった。
「アンタか」
下駄を引きずる音に顔を上げた神様は、私を確認するとため息をついて、沈黙した。
「夜卜神はいいのか」
「夜卜さん?いいって何がです」
「……、別に何もない」
これでは何時もと全く逆だ。何でもないは私の専売特許(せんばいとっきょ)な筈なのに。ヒルコさんは黙って持っていたスナック菓子のパッケージを陳列棚に押し込む。あまりに乱暴に押し込まれた所為で、スナックに押し出され、隣の箱菓子が棚から零れ落ちてしまう。其れを大きな掌が危うくキャッチする。細やかな作業は苦手なようだ。
「何笑ってる」
「い、いえ。大変そうですね、私も手伝いますよ。それに、持ってるそれ、場所そこじゃないですよ」
今まさに隙間を埋めようとした手元の間違いを指摘すると、ぴたりと動きが停止され、恨みがましそうな目でこちらを見た。上手くない手際を見られたのが罰が悪いのかなんなのか、口をへの字に曲げて、「じゃあ、アンタがやって」と丸ごとそれらを押し付けた。
私は少し苦笑して、段ボールを漁る作業に黙々と専念する。私の方が慣れた領域だったので普段より私は落ち着いた心持ちで、ヒルコさんは少し居心地が悪そうにでも粛々と、二人して、手分けをすると瞬く間に商品陳列は片付いて行った。不器用な神様は、作業自体が雑で、結局私が直す、と言う二度手間をしなければならなかったが、身長が届かない場所は率先して手を伸ばしてくれようとしたので、一利一害と言った手際だった。

「アンタは」
段ボールを紐で縛り、外に運び出そうとした所にヒルコさんがそれを奪った。
「ここにずっと出ていたのか」
「え?」
「オレが居ない時」
「え、えーっと」
じい、っと何か重大な答えでも待っているかのような微妙な沈黙で、でもしばらく、ヒルコさんは待っていた。
やがて、軽く息を吐いて黙々とリサイクルごみを外に運び出す。私は暫く思考を停止させていたが、拗ねた様な拒否の背中を追いかけて野外倉庫に資源を投げ入れる作業を手伝った。
「あの、いつも出てた訳では無いです。お客さんが比較的少ない時に、時々、大黒さんと一緒に……。いろいろ教えてもらいました、」
「ふうん」
聞いていないのかと思いきや、話すのを辞めるとそれで?と続いた。私は慌てて言葉を紡いだ。
「あと、暇な時間は、本読んだり、お散歩したり、あ、私、近所に良さそうなカフェ見つけたんですよ、一緒に行きましょう。一人だと入れないんで…」
必死だった言葉探しは何時しか本気の言葉になった。
また、ここに来る前の、ポカポカした陽だまりの中を歩いた日々をもう一度。また一緒に。
今の生活が不自由と言う訳ではないが、ただ、私は…。
「アンタが、楽しそうでよかった」
相変わらずの無感動で、何を考えているのかよくわからない。だが、続けられた言葉が、

「行こう、その店。一緒に」
「……!…はいっ!」
「アンタ、ホント安上がりな」

ずっと変わらないことはない。何かが私達の中で変わった。
お金をレジに払って、スポーツドリンクを二本分アイスボックスから取り出し、開ける。
框に並んで腰掛ける。体を動かして少し熱いぐらいだった体に飲料水はすうと体に浸みわたっていった。

「アンタさ、さっき言いかけたの、なに」
「さっきって、なんです?」
「廊下の、言いかけてた事」
「ああ…。すいません、気にさせちゃいましたか?
本当にどうでもいいことなんです、夜卜さんの話がちょっと気になっただけで……って、なに不服そうな顔してるんですか」
「してない」
「本当ですか?……それにしても、ヒルコさん」
「なに」
「そのエプロン、とってもよく似合ってます!」
「………。…アンタ、面白がってるだろう」
「いいえ、私も同じの、してますし」
「アンタの言っていることは、時々良くわからない」
「私もです」
因みに、ただお揃いなのが嬉しかっただけなのだけど。自分自身が不思議だった。如何にか嫌われたくなくて機嫌を損ねないように阿ることばかり頭にあった私にこんなに余裕があるなんて。
いや、違うのかもしれない。相手のレスポンスの手応えを感じるから、つられて私も安心出来るんだ。

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