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「きゃああああああ!!
怖いよ痛いよ、無理無理無理!!絶対これ狩りに来てるこっち見てるもん!神様タスケテ!!」
「あなたが神さまなのでは?!」
「…五月蠅(うるさ)いから黙らせる」
「あー夜卜ちゃんやっと起きた!大黒に夜卜ちゃんの分の朝ごはん貰ってくるねぇ」
「こっちくるううううう」
「ヒルコさんちょっと待って、
夜卜さん、怯えなくてもだいじょうぶですから」
「やだ」
「ヒルコさん…」
「夜卜神を出せばいい」
「ヒルコさん!」
「やーいやーい怒られてやんのばーかばーか!」
「殺そう」
「や、やめてください!夜卜さんも煽らないで」
朝っぱらから、頭が痛い。
夜卜さんとヒルコさんの和解は程遠い。
一応納得してくれたようだが、両者、特に夜卜さんが受けた傷は相当ひどく、わだかまりがすぐに元通り、と言う訳にもいかず。
目覚めた夜卜さんは黙々と大黒さんの料理を蓮華で召し上がられていて、その度にちらちらとこちらを疑心暗鬼の目をよこす。
私ではなく、その私の背後に居る、ヒルコさんに対して。
「その野犬マジでどうにかして、勘弁」
夜卜さんに涙目で拝まれてしまった結果、ヒルコさんにはご退場願った。
相当不服な顔をしていたけれど、その怪我の原因の張本人なのでしょうがない。しかし、神様はタフに作られているようで、夜卜さん本人は存外けろっとして、
「マジでオレは早まったかもしんない…今度こそ殺される…!!」
心の傷はまだ言えて居ないようだ。
「お前も、なんで言ってくれないの!
聞いてねぇっつのっ!
チート神の名前が出てくるとはおもわないじゃあん!戦っちゃったじゃん、オレめっちゃ頑張ったのに、なにこの負け損」
涙ながらにぶるぶる震えて、なげいている。私はその肩を優しくたたいた。
「夜卜さん、昨晩は本当に…ごめんなさい」
この件は何度謝罪してもし足りない。
私達の落ち度を夜卜さんは笑ってゆるしてくれた。
いいのいいの、と顔を上げるように言った。これはご本人から聞かないといけないしな、と嫌そうな顔をする。
夜卜さんがしみじみと加えてつぶやく。
「それにしても、蛭子神が神器を召し上げて、それが一凛かあ」
夜卜さんは急にしんみりとして、目を細めて私を見てくる。それがくすぐったくて、何でか下を向いてしまった。夜卜さんは時々シリアスになるので、調子がくるってしまう。顔も、凄く美形だ。
「お、おかしいでしょうか」
「おかしかないけど、巡り合わせが悪いよな。今度こそ、オレの……って思ったのによ。
よりによって、蛭子神かよ。
あれを見ると……恨み、買いたくねーしなあ」
布団を撫でる手元辺りにあった目線がちらっとこちらを向いた。
その瞳の真摯(しんし)な色にどきり、と胸が騒いだ。しかし、また、ニヤッと意地悪な顔に戻ってしまって、
「少しは御宅(おたく)さんも焦った方がいいんじゃねえの。
蛭子神は神器嫌いで有名な神なんだぞ。
そこにお前だ。ビッグニュースだ。もし知れたら」
「知れたら?」
何だというのだろう。何かを誤魔化された気分だけど、しかしその先の話題が気になった。
「キャリアアップを狙ってる神器たちがこぞって群がるだろうな」
「え!?ヒルコさんが?!」
キャリアアップ。妙に話がなまなましい。
「だって、イザナギとイザナミの長子、異端だと叫ばれちゃいるがまぎれもないサラブレッド、代変わりもしない歩く歴史!」
「ヒルコさんが、サラブレッド…!?」
ぴしゃーんと脳天に落雷が落ちた。
「蛭子神の看板になれたら、無名の奴にしちゃ、これほどの誉(ほまれ)もないだろうよ。」
「そ、そうなんですか?」
「そおよ?武神っつってもオレとは根本的な場所が違うんだよ。
神にゃ、生まれってものが、結構重要でな。誰があんなん好き好んで敵なんかにまわしたいかっての…、思い出しだら寒気が…!
でも、なんで向こうさんがオレを知ってたのかはよく分からんけど。
もしかして、オレの名前って結構売れてんのか!」
「それはどうでもいいんですけど」
「どうでもよくないよ!?何サラッと流してんの!?」
それは兎も角、一つ私には聞かなければならないことがあり、それ以降適当に流したが、夜卜さんはそれが察せられたようで、私の視線はいいあぐねて答えを探す様に彷徨った。
あ、と気がついたときには夜卜さんは困ったような顔をしていて。
「あの、夜卜さんは」
「気、使ってくれなくても、実際の事だしな。オレは切るしか能がねえから」
最初から何処か達観(たっかん)してる、諦めの言葉を私は隣で聞いている事しか出来ない。
私は、夜卜さんが望んでいる『夜卜さんの神器』にはなる事が出来ないし、道標として夜卜さんを先導する事も出来はしないんだ。
私の主は、ただひとり。
ごめんなさい、小さな謝罪はちゃんと届いただろうか。
あの夜の別れ際のさりげなくでも真剣な、私に向けられた願いへの答え。
夜卜さんの中の神器は、仕事以上の重要な意味を持っている。昨晩の不思議な少女は、神器だった。しかし、いつの間にか夜卜さんを置いて、いつの間にか姿をくらませていた。
夜卜さんは一人置いて行かれたのだ。色んな、神器の在り方がある。
でも、少女のそれは、夜卜さんが望んでるものとは、違うにちがいない。
心から望まれていて、それを拒絶する事はこんなに心が潰れるものだと初めて知った。

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