2

雑多する界隈(かいわい)、ネオンカラーで輝く都会の街道。
眼下に臨む。
近頃の今代(こんだい)の恵比寿は妖を操る事に執着にしているので、専らの水蛭子の仕事は妖の捕獲、そして、水蛭子自身が妖を下す実験台となることだった。
慣れない祝詞(のりと)を唱えあげると、凄まじい激痛が首筋を襲った。
何体もの妖を抱えた所為で、衰弱し床に伏し、それを淡々と眺める恵比寿。
神として、恵比寿は外道に足を踏み入れていた。しかし、恵比寿と言う幸福の願いから生まれた福の神の遣る事は、何と言おうと善であった。利用されることに憎しみは生まれない。自分の使い道などたかが知れている。
望まれなかったのなら、そうなるだけだ。
水蛭子なりの意趣返(いしゅがえ)しであり、行動理念だった。
今度は恵比寿の関心が妖を使役できると言う『言の葉』の噂に移り、現物と引き換えに水蛭子は依頼を熟した。恵比寿に何の意図があろうと自分には関係ない。

今夜は妙に時化ている。
妖が浮足立(うきあしだ)って、ざわめいている。
夜の街を、ばねの様に電線を渡り跳びながら時折まぎれる魔の類を握り潰すことで滅し、足にまとわりついてくるモノには顎を撫で上げ、まるで戯(たわむ)れるがごとくかわす。年季の入ったスニーカーが、池の湖面にほんの少しの波紋を広げて、水蛭子が起こす風に露草がさざめいた。
小妖を足蹴に団中を一気に駆け上るとじり、と焼ける感覚が首裏に走った。
これは、妖からもらうヤスミとは性質が違った。
ヤスミとは一方的な激痛と侵される不快感のみだと思っていたが、本来はもっと複雑だったらしいと、初めて神器を下した水蛭子は得心(とくしん)した。
一言で言うと、微妙。
痛いような、痒いような、自分の身に根を張る様に深く食い込んできた。
他人の感情が体と心に介入(かいにゅう)してくる違和感。
そのわずらわしさが、最近は常に付きまとう。だから、神経が過敏になっているかもしれない。あれは、闇を怖がるから。
カルガモのヒナの様に、無心に水蛭子の後を付いてくる自分が召し上げた『神器』。
強張った表情で水蛭子を探していた。
気が漫(そぞ)ろになるとすぐに迷子になる。
しかたなく、「待って」やると、顔を緩ませて早足で水蛭子の斜め後ろに収まった。時々、何か言いたそうに深刻な表情をする。「なに」と問えば「何でもない」だ。

『神器』は夜を怖がると言うことを水蛭子は初めて知った。
水蛭子が許せばおずおずと身を寄せてきた。まるで水蛭子だけが頼りの綱だと言うように。
神界の煩わし事をなるだけ避ける傾向にあった水蛭子は、『神器』など、召使、や、下僕程度にしか見なしていなかった。
まさか、自分が庇護する立場になろうとは全く考えていなかった。
これは、自分が居なければ何もできない。
それを本能的に悟っているらしい『神器』は、水蛭子の一挙一動に耳を澄ませ、その困惑や不安が、自分の首根を冷たい手で撫でさすった。
一凛に自覚は無かったが、頻繁(ひんぱん)に水蛭子を『刺す』。
この数日、『ヤスミ』は日を追うごとに強くなっている。
水蛭子の『神器』は、自らの腕でしか安心して寝ることが出来なかった。
つかってみれば、妖を払う上で多少便利だったのは認めるが、未熟な所為か使役は長くは続かず、水蛭子にはなくても困らない。
元々「神器」など無用なもの。
主に応(いら)えも返せない半端な武器ならなおさら。
しかし、あれは、水蛭子の物である。
なら、自分が神器をどう扱おうとも自分の勝手ではないか。
桜の絨毯は見事だった。
ケーキに目を輝かせるまだ幼さの残る顔。
忌み名をきちんと発音できていない。
『ヒルコ』ではない『水蛭子』だ。わずらわしいので訂正しないままだ。
知らず、ぐしゃぐしゃに頭を片手でかき混ぜる。
ふと、甘味でもなんでも、買って行ってやることを思いついた。一凛は甘味とジャンクフードに目がなかった。
顔をほころばせて、名前を馬鹿の一つ覚えで連呼するだろう。
あの名前を呼ばれる時は、嫌な気はしない。

ようようと預かり物を迎えに行った水蛭子は、全く予想していなかった事に、珍しくいきどおりをあらわにした。
頭を何かからガツンと殴られたような、不意打ちの衝撃。

焦燥、後悔と全く身に覚えのない感情に身を震わせながら、固く拳を握った。
震えは喪失感か、それとも恐れなのか、水蛭子には分からない。
やっぱりおかしい。何かが変わってしまった。
何も出来ない、『神器』。
予想してない事ばかりをもたらす。
まったく、わずらわしい。

しかし、本当に、何も出来ないのは、もしかしたら、


[ 23/95 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



TOPに戻る

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -