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悩ましいのは、おおよそこの数日、夜卜さんとヒルコさんの関係が一向に軟化(なんか)しないこと。
特にヒルコさんが一方的に敵意を向けていて、その喧嘩をかう夜卜さん。
二柱に有り方をどうこう言う権利は私にはない。
けど、夜卜さんは命の恩人(死んでるけど)であり、いろいろ私に教えてくれたのも夜卜さんだ。一緒の屋根の下に暮らしているのだから、もっと歩み寄り成りしてほしい。
二人の間に入るのも何だか凄く気疲れをする。だが、ヒルコさんは、私がこのことに触れると、「気に入らない」だそうだ。
「アンタは危機感がない、夜卜神は神器を切る。気を許しすぎるな」
同じ説教の繰り返しだった。
腕を組み、むすっと口をへの字に曲げて、それ以降黙り込む。反論(はんろん)の余地がないと言うように。
部屋は夜卜さんとは別の中部屋にあがわれていた。
左右の角部屋とは少し間取りが広く、ベランダのある畳の間に夜は布団を二つ分敷いて、横になる。
しかし、相変わらず、ヒルコさんは深夜から明け方にかけて、外している事の方が多い。私はその間、寝たふりをしているか、こっそり起き出して、月に掛かるうす雲や星の瞬く夜空をベランダで眺めている。
そうすると、とても心が落ち着く。妖は怖いし闇も怖いが、この小福家の神域の中は安全だと分かっているので、夜闇に見入る事を私に許した。
何処で何をしているのだろう、今日はちゃんと帰ってくるのか、もしかして、また居なくなってしまうんだろうかとか、一人で考えてもしようがないことを延々と考えて、明け方近くこっそり戻って来た物音を確かめた後、ようやく睡魔(すいま)に身を任せることが出来る。
夕食後はなかなか機嫌が直らなかった。
夜卜さんとの口喧嘩に待ったを掛けたのとは別に、質問をはぐらかしたした上、夜卜さんの肩を持つような発言をしたからだろうと思う。
ヒルコにしては、心配してやってるのに何故自分が言われる、と真っ当な理由が腹にあるみたいだが、私としては、もう、いい加減にしてほしい、だ。
静かにならない二人に怒りのボルテージが上がっていく大黒さんに怯えながらだと、美味しい御飯も喉を通らない。

お風呂を最後に頂いて、タオルで髪の水分を拭いながら二階の座敷に戻る。
風呂場の置時計を確認するともう、深夜を過ぎてしまっていた。
襖をゆっくり開けると、猫背の後姿がこちらを向いて、胡坐(あぐら)をかいていた。
「あの…今日は行かないんですか」
「別に」
不機嫌を背中が語る。
それを悟っても、ヒルコさんの機嫌が激しく上下することにはもう慣れっこになっている。機嫌がどうこうでヒルコさんの行動が変わる事は無いことはもうわかっていた。それにそれ以上私には心を砕くことが沢山あったから。

「オレがいて、不都合でもあるのか」
「え、あの、いえ」

慌てていって、シーツを踏みしめ、とたとたと畳を叩いて後ろを横切る。
私の寝床は部屋の奥側にあった。何かを探るような質問の真意は分からなかったが、珍しいこともあるものだと思った。
背中と重低音の声は、拒否を示しながら、しかし、何かを語りたそうに私には見えた。
聞かないで、は聞いての裏返しだ。
獲物の出方を伺っているような大きな野生動物みたいな気配が彼からしていた。
ハンガーにバスタオルを掛けた後、私はストンと敷布団に腰を下ろし、沈黙する横顔に、彼の言葉を待った。徐にヒルコさんは口を開く。

「アンタは夜卜の方がいいんだろう」
「え?」

言葉を投げ捨てて、私が聞き返す間もなくじろっと私をねめつけた。
ちょっと、もごもごと言うから、はっきり聞き取れなかったのと、純粋に聞き間違いかと思った。
怒っているのは分かった。何かの弁解をしようとわたわた手を上げ下げるが、ヒルコさんはその反応をどう取ったらいいのか分からない。分からないまま、ヒルコさんはソッポを向く。

「夜卜神との方が、アンタは自然に見える」
「あの…」
「オレには、あの、ばっかりだ」

咄嗟に口を押え、ヒルコさんを伺い見た。『あの』ばかり、とは、私がきょどってると言いたいのだろうと思った。
「あの、それってどういう」と言いかけて、二の句が告げられなくなった、正しくヒルコさんが指摘しているのはこれで、私がヒルコさんに対して機嫌を損ねないように、表情を見て言葉を選ぶ素振りをしているのが気に入らないのだろう。
でも、お喋りの前のあの、とかその、とかは私の口癖みたいなもの。夜卜さんがどうとかではない。
意味もなく、シーツを手繰(たぐ)って、言葉を探した。

「それは、だって、あの、……当たり前の事だと、私は思うんですけど」

また、あのと言ってしまった。もう癖なんだ、仕方ない。
それは、そう、当たり前。優先順位の問題だ。嫌われたくないから言葉を探す。気を使って、反応を見てしまう。悪く思われたくないと言う心が働いてしまうのはしょうがない。
その微妙な心が、ヒルコさんには思いつかないらしかった。


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