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意識はあるのに体が石のように硬直する、金縛りのような状態で取り残され、頭の中は大混乱。

夜卜さん、何処言ってしまったのだろう。多分、同じ場所に彼もいる。
夜卜さんの色を無くした顔を私は思い出していた。
何を逃げる必要があったのだろう。私が何をしたというのだろうか。

私は視界も覚束ない暗闇の中、全身に雁字搦めに絡みつく糸のような物から、決死に抵抗を試みていた。
今は、全く闇の底が怖くない。そのくらい虫の知らせのような物が、私を掴んで離さない。散々暴れて、ぶちぶちぶちっという嫌な音がした。ふと体が軽くなり、戒めから解き放たれ、
其処から、走って、走って、走って、走って。
辿り着いた先には、全ての決着がついた後だった。

私が目にしたのは唯の結果だった。
街頭の元、照らすは、深い色のブルゾン。
何時もの少し斜に構えた感じの背中が少し猫背気味で石ころでも見つけたさり気なさで視線を足元に落としている。
ほっと胸を撫で下ろし、走り寄ろうとする。しかし、その足元の『石ころ』が私と同じ人間のシルエットをとっている事にひくり、と喉が詰まった。
私が目撃したのは圧倒的な力の差による私刑だった。

加害者が怒りとか、悲しみとか、嘲りとか、分かり易い表情を浮かべていたら幾分マシだった。其れは暴力を施している自覚に他ならないから。
ただそうあることが当然のように、当たり前のいつもの無表情で、その『石ころ』をスニーカーで転がす、その異常性に総毛立つ。
がん。長い足が揺れ、みぞおちあたりにつま先がめり込む。追随するかすかなうめき声。
がん。鈍い音。今度はお腹辺りに。芋虫のように丸くなり、痙攣する其れを今度は背中から。がん。上げた長い足が容赦なく下ろされ、側頭部を踏みにじった。呻きはかき消され、段々小さく微かになっていく。
ジリジリと白熱灯とヒンジが焼ける音。
少し離れた陽樹の下に、手を差し出すようにぐったりと横たわっている小さな少女の肢体があった。


『ひーくんは、げきつよ、だからーー』
過程は分からない。
しかし、白塚の刃の輝く「彼女」、其れらを力技でねじ伏せてしまう力。

止めなければ、と思う。

私、一体、彼の何を見た来たのだろう、と。

ついにお腹を必死に庇う形で頭を丸め沈黙している夜卜さんの姿に、金縛りが解けた。

「夜卜さん!!」

迷わず、そのあいだに割って入りぐったりしている夜卜さんの傍らに膝を付いた。
う、と夜卜さんが呻く。何より、動かすのを憚られるほど打ち身と擦り傷とが酷くて、ゆっくりと頭に膝を乗せたが、不安で目頭が熱くなる。死んでしまっていたら、どうしよう。

「夜卜さん、夜卜さん」

一向に目を覚まさない。ようやくげほげほと苦しそうに急き込んでそれ以降また大人しくなった。砂で濡れた頬と前髪とを揃える。
自分が、情けなくってたまらない。こんな時、私はどうすべきなのか、どうしたいのか、それさえも、つかめない。




「アンタ、」

重い影が更に私の上に落ちた。

低いノイズがかった転がすような声。

「アンタが、消えてしまったのかと思った」

淡々と。何時もの口調そのもので感情が見えてこない。


「…悲しい、悔しい、それと寂しい、か」


顔を上げて、あまり表情筋の変わらない顔を見返す。
ざっくばらん髪の毛が表情を隠してしまう顔。
仕切りに首根をかく仕草をし、私を見下していた。

神器の障りは、主へ。

私の今まさに感じている気持ちが、ヒルコさんに伝わっている。
伝わっているはずなのにこんなに遠く感じてしまうのだ。
私は元は人だから。彼は神様だから、そんな言葉でこの溝が埋まるならいくらでも言い訳にするけれども。

「なんで、泣いてんだ」

「悲しいからです」

「それは知ってる、理由を聞いてる」

「……知りません」

「夜卜神が傷ついて、悲しいのか」

「…そう、思いますか」

「アンタは知らないだろうが、

夜卜神は神器を躊躇いなく殺す。

アンタが、そんな顔をする必要がない」

「…………」

「アンタは素直すぎるから、
夜卜神のお為ごかしに騙されているんだろう」

それ以外の言葉を無くしてしまったように、分別の無くしてしまった神様は言葉を選ぶ余裕すらなくなってしまったようだった。
分かり合えないともがくほど狂おしさが湧いてくる。
悲しい、悲しい、私の神様。
奪う事でしかすべを知らない、可哀想な神様。不器用でやり方を知らない愛おしい私の神様。

「アンタが、消えなくてよかった」

私は、貴方の為に。

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