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私たちはかながら神社の敷地に転がり込み、ことなきを得た。
神社は予め境界線が引かれており、少なくとも妖達はその境界は越えられないらしい。旅中の宿がやたら寺院の一角の間借りだった事はこれに起因していたのだ。
追跡がないことを息を顰めて伺った後、危険がないと分かると其処らへんに私を放り、私に対して一喝した。
怒気を募らせて私の無知さを攻めた。
黒に魅入ることがこんなに恐ろしい事だとは思わなかった。
今更、膝が笑ってしまってどうにもこうにも立っていられず、その場にヘナヘナ座りこむ。

「こわ、かった…」

今更だった。
悄然と膝を着いて自らを抱きしめて震えに耐える。
夜卜さんは怯える私を見て怒りの矛先を向ける気力を失ったようで、

「まあ、でも、お前に助けてもらったのは事実だからな。
終わったことは気に病むな、主に障る。さてと、これからどうするかだ」

そして、神様と神器の大切な繋がりについて知り、自称神様は世間知らずの神器に固く戒めたのだった。
「神と神器は繋がってる。神器に障りが出ると、神がヤスむ」
私が不安になったり落ち込んだり、精神に異常を来すと召し上げた神様に障りを齎す。
道理に反した行いは、神器は主を「刺す」。
齎された「ヤスミ」は拗らせると重篤な苦痛を主に与えてしまう。
だから、神器は自分を律し、「魔が差して」はならないと。

「それじゃあ…、私、ずっと」

首の後ろをかきむしる仕草をしきりに繰り返したヒルコさんに心当たりがあった。「刺された刺された」。
じゃあ、時々心なしか顔色が悪かったのは、唯の虫刺されじゃなくって。
だったら、私は、私は、どれだけ――――――。

「その様子じゃ、心当たりがないわけじゃあ、無いみたいだな」

知らなかった、じゃ済まされない。しかし、誰も教えてくれなかった。

「一凛、本当に何も知らないんだな。お前がどうこうより、主の方の神経を疑う。
自分の神器に興味がないのか、相当な過保護だな」

ああ、言ってなかった?自分の中で自己完結してしまう癖のあるヒルコさんだったけど、これは類が違う。
私の感情が自分の体調不良の原因であると知ってしまったら、私が気に病む、だから知らせる必要はない。無口で確信的なことすら口を閉ざしてしまうが、暗闇から、妖から守ってくれようとした。不安定で未熟な神器の傍に居てくれた。
だからこそ、言ってほしかった。
憂う私の心は今まさにヒルコさんに届いてしまっているのだろうか。だったら、私は思うことすら許されない。

「今日はここで野宿かー」

「ええ?!ここで、ですか?困ります、私黙って、出てきちゃったのに」小福さんと大黒さんが心配する。

「お前、まだアレが其処らをうろついてるんだぞ?
今出て行ってみろ、今度こそ奴らの餌だ。境界の中なら少なくとも安全だ。
本当は一凛が境界線を引ければ、また別なんだけどな。
まだ、安定してないモンに自分の命を掛ける気は、流石に俺でもねーよ」

試しに境界を引いてみたがうんともすんとも言わない。
夜卜さんが言うには境界は忌みと嫌悪を認識して始めて発動するものだそうだ。自発的にコントロールするには訓練が必要らしい。
其れを聞いてがっくりと項垂れる他なかった。

「一応間を使わせて貰うんだ。今は留守みたいだが、一応許可を取っておくぞ」

私たちが当たりをつけて駆け込んだ神社は低い鳥居と申し訳程度の摂社がぽつんと垣根に埋れて立っている、公立公園の端っこにあった。
繁る自然に出来た垣根を分け入り、そこには社の前には小さな賽銭箱と横に風化し判然としない稲荷の石筆がある。

「ん、」と何かを催促する手。
お賽銭は私が手渡した封筒の札の中身を全部だった。
全部抜いて、中にねじ込む。

「ちょっ」

「ケチケチすんな、あのクソでかいのから護って貰うんだ。安いもんだろうが」

「そうですけど…」

これ、私のお金じゃあないんだけどな。
折り目の付いた封筒は、小銭だらけになってしまって、金額的に寂しくなったそれを私は懐にしまった。なんだか、釈然としない。


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