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「で、御宅(おたく)さんは何処の所属でいらっしゃる?」

格好はジャージでアレな神様は、私が神付きだと知ると「俺の純情を返せ!!!!返せよおおおおおおお!!」と滂沱(ぼうだ)の涙と鼻水とで綺麗な顔をぐちゃぐちゃにしてむせび泣きし始め、精神的苦痛の慰謝料として、『御供え物』を要求された。
夜卜サマはメニューで目に付いたものを片っ端からウエイトレスに注文している。
かどわかされたと言うべきなのか。
雰囲気に流されて、ジャージの人、夜卜サマ(こう呼べと言われたので)ノコノコついて来てしまった自分に後悔している。
誰にも言わずに勝手に出てきてしまったけど、よかったのかな。
家から徒歩十分もかからない、ファミレスに私たちは居る。

「夜卜サマこそ、そんなに食べて、お腹壊しませんか?夜卜サマ」

「スイマセン、さんづけでいいです取ってつけた様なサマづけ傷つくからヤメテ!」

私に付きつけるように向けたスパゲティを巻きつけたフォークの角度が萎えて下がる。
夜卜さんに対して私はドリンクバー何百円だ。
外食は居候生活になって初めてだった。
大黒さんは三食キッチリ作るタイプでご飯、味噌汁が基本的に必ず出てくる。典型的おふくろの味。私はお台所周りを小福さんの代わりに手伝っている。
ファミレスの安っぽいパックティーの味を砂糖とミルクでなんとか誤魔化し、話を聞いた。

「夜卜さんは、本当に神様なんですよね、なのに何故便利屋みたいなことをしてるんですか?」

「あのなぁ、小福の所みたいに勝手に知名度上がるイージーモード設定じゃないのよこちとら!
地道に布教活動せにゃならない苦労なぞ分かられてたまるか!」

逆ギレである。神様もいろいろ大変らしい。

「えと、じゃあ、夜卜さんは具体的に何をされているのでしょう」

テーブルに出したままの名刺に付いて仔細を聞いてみると、では教えてやろう、と水を得た魚のようなイキイキとした表情になった。家事手伝いから人生相談まで何でもござれの便利屋のようなことをしていると営業トークで語られた。

「料金一律たったの五円!」

「…………」

これはつりなのか。頼んだが最後、後でそれ相応の料金をぼったくられるのだろうか。
「御供え物」と称して、仮にもさっき会ったばかりの人間にたかる神様だ。イマイチ信用ならない。
私の所持金が全くなかったら、どうする気だったのか。いくらか預かっていたヒルコさんのお金。
あらゆる事に無頓着な私の神様。
泰然と大きく構えていた姿と比べたら、夜卜さんはなんだか生活に余裕がないように見える。ヒルコさんは、大きいお金で払って、お釣りを受け取らずに店を出てしまうこともしばしばあった。神様にも貧富の差があるのかしら。
夜卜さんは自分の御社を立てるのが夢なのだそうだ。苦労しているんだな。
そう言えば、ヒルコさんの社ってあるのかな。

「ま、今は伴音…、神器がいねえから、やれることは限られるがな。野良は貸し出し中だし」

端々に出てくるトモネさんとは前の神器の方の名前らしく、突然辞められた事の憤懣を漏らす夜卜さんは、だから神器探しは急務だと言う、のら、さんも別の神器の方の名前で、他の神様事情を知らない私は熱心に耳を傾けた。神器って雇用制度があるのか。お仕事に触りがでるということは、それだけ神器がお仕事に重要だと言う事。神器のお仕事については「道標となること」らしいがやっぱりよくわからない。
ヒルコさんにも神器がいたのかな。小福さんと大黒さんは私を連れてきた時、目を剥いて驚いてたけれど、何か特別なことだったのかしら。同じ男神でも随分違う。夜卜さんとはとてもお話上手で、良く笑い、よく卑屈になり、良く食べる。話のふりも上手ければ、話を引きだすのも上手く、打っては響くの会話を楽しんだ。
夜卜さんは私が神器になって間もないと聞くと、やっぱり、と手を打った。

「一凛は初めから俺への警戒心が皆無(かいむ)だったからな!
やあさ、何の抵抗もなく俺に付いてきたし、覇気がねえもん。まんま生まれたてだな。
一応余所モンには警戒しといたほうがいいと思うぜ?
自分の主の弱みにもなりえるからな」

「はあ、あの、そういうものなのですかね」

「なんだ、なんだ、今の職場にご不満が?
だったら話聞いてやってもいいぜ。
貢物も貰ったし…なんなら俺に乗り換えちゃう?」

気のない返事をすると、夜卜さんはしめしめと悪巧みする顔になって、喧噪の店内、誰が聞くでも無し、内緒話をするように声を潜めた。

「いや、それはないんで」

「即答かよ!」

ショックを受けている夜卜さん。夜卜さんはコロコロ本当に表情が変わる。
私が、自分から辞めるだなんて、そんなことありえない。
私はヒルコさん以外ありえない。
私の中の前提で根底。
何もわからない私が唯一わかる、全て。

夜卜さんのずごごごとオレンジジュースを啜る音が止まり、かたんとグラスを置く。

「一凛、お前、良い道司になるかもな」

アイスブルーの瞳がストローを弾く爪先に落ちる。突然訪れた沈黙。
伏し目に長いまつ毛。いっとき前までのふざけた雰囲気一切が夜卜さんから消えている。
私、何か悪いことを言っただろうかと心配になり何か言葉を探すけど、その前に言及(げんきゅう)を拒むように夜卜さんがにやっと笑う。

「それだけ慕われちゃあ、神冥利(みょうり)に尽きるってもんだな」

ああー振られちまったと夜卜さんは残念そう。

「だったら、一凛、
なんで小副の所なんかに居候かなんかしてるんだ?
少しでも名のある神だったら、高天ヶ原じゃなくてもあいつらみたいに、身を置く場所ぐらいはあるだろうに。
何で自分の主に伴ってない?
その世間知らずじゃ、指南役が居るわけでもねえんだろ。
だったら尚更、生まれたばかりのヒヨコが、何で親鳥に付いて行かない?」

『どこの所属』と聞かれた時も私はその自分の主の名を口にすることが出来なかった。
私がその名を口にしていいのか、その資格が果たしてあるのか。
夜卜さんの何でもない、他の誰でもない自分についての質問が頭に碌に頭に入ってこなかった。ああ、そうだったんだ。やっぱり私達は可笑しかったのだと言う自覚が、同時に押し寄せてくる虚しさが。
自分にくすぶってくるもやもやの正体が初めて分かったような気がした。

白衣を脱いで、姿鏡に映ったやせっぽっちの背中。ある墨を落としたような一の一文字を見つけた時。どれほど私が歓喜したか。
子供が自分の所有物に名前を付けるように、彼がくれた名前が私の肌に刻まれている。食い入る様に、飽きもせず背中を眺め続けた。
何故か許されたような心地がして。

私は、見てほしかったんだ、私はここにいるよ、と。





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