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綿雲(わたぐも)のかかった青空が広がっている。
小福さんの家の居候になって一週間が経った。
ヒルコさんは帰ってこない。
することが何も無いので小福さん達のお店を手伝わせてもらう事になった。
駄菓子や、ちょっとした日用品。それらが雑然と並べられている様相はやっぱり昭和のかほりがする。
グツグツ煮えているおでんのスープから灰汁を抜き、スープを足す。
春におでんって季節外れじゃないかしらと思ったけど、お客さんは度々やってきた。これでお店の採算とれてるのかしら、と心配になる客足の少なさだ。
「ごめんねぇーー!いちいちーー!
あたしの所為でひーくんの帰りが遅いのかもーいちいちの運気さがっちゃったぁーー!」
「彼奴は何時も何を考えているのか、さっぱりだ。
突然消えて突然現れるのはいつもだが、自分の神器を置いてほっつき歩いてるったぁどうゆう了見(りょうけん)だ」
こうやって、何でもなくのどかな一日を過ごしてると、何者でもないのだなと自覚せざるを得なくなってしまう。
私はなんでここにいるのとか、幽霊みたいな存在になってまで私は何をするべきなのかとか。
空が高い。
あの人がいなくなって、何するにも張り合いがない。目的もなく、ただ彷徨(さまよ)うだけの時間を過ごすなんて、そんなの、そんなの、
「いちいちにどーーーーん!」
背中に柔らかい衝撃があり、お玉を下に落としてしまった。
「てへへぇー」と私の背中にじゃれ付いた小福さんは、丁度帰宅した所らしく、軒わきには五六個の紙袋。
「小福さん、その紙袋」
「ああ、これぇ?祐介君に買ってもらっちゃったーー!」
誰、祐介君。中身を確認してみれば、可愛らしい花柄ワンピースや化粧の小物、いろんなお店を梯子したらしくブランド品の服、靴、小物、たくさん。
これ、言っちゃいけないパターンだ。
貢いでもらったのか。何も聞いちゃいけない。
「今度、祐介君、カピパーランドに連れてってくれるんだって!
カピパーのお耳付けて、カピパーと一緒に写真撮るの!」
「そう、なんですか、それは、楽しみ…ですね!」
カピパーランドって、大人気デートスポットの夢の国じゃないだろうか。これは浮気になるんだろうか。でも、神様と神器で浮気って。
大黒さんにちゃんと報告した方がいいのかしら、ああ、私はどうしたら。
「どうしたのいちいちー?
もしかして、気に入ったのがあったぁ?いっぱいあるからいちいち気に入ったのあったらあげちゃうよ!」
「い、いえ、こんな高価なもの貰えません、分不相応(ぶんふそうおう)ですから…」
あげちゃうよと言われる「祐介君」のお立場が。
「そういえばぁ、
いちいちはずっと昼間は白衣着てるけど、他の服持ってないよねぇ」
小福さんは上から下まで私を見て言う。
確かに私はこの元々着ていた白衣が一張羅(いっちょうら)だ。自分は幽霊なんだと自己認識していた時は正しい成りだと思っていて、気にせずここまで来てしまったから拘(こだわ)りはないのだが、確かに時代錯誤(じたいさくご)だけど私に新しい服を買えるお金も無し、服を買うんだったら違うものが欲しい。因みに寝間着は小福さんのを借りている。
「あの、そうですね…別に不便もありませんし。今更ですよ、なんだか慣れちゃいました」
苦笑いしながら答える。
「ダメだよ、いちいち!
女の子は身だしなみに気を使わないと、いちいちは可愛いんだから。ちょっと待って、私が見繕ってあげる」
と、小福さんは店番の私の腕を強引に引っ張って行って、自分のクローゼットからあれもこれもと私にあてがい始めた。
小福さんの中の火をつけてしまったようだ。
「いちいちは足が綺麗だから、出す方向で決定ね!うーん迷っちゃうなぁーうへへへへぇ」
「あの、本当に大丈夫ですから…」
「遠慮しなぁーい遠慮しなぁーい、
いちいち、これなんかどぉ?」
クローゼットの服の多種多様さに私は舌を巻いた。そしてどれもとても高そうである。
素材が違う、素材が。
そしてハイセンスでセールで売っているノーマルの服から一線を隠している。今小福さんがもっている物は、上品なふんわりと広がるフレアスカートに、真っ赤なブラウス、中が微妙に透けている。
「む、無理ですこんな派手なの!私には着れないです似合わないです」
「そんなのことないよ!
こう言う清楚系も似合うと思うんだけどなあ」
清楚系の定義違う。
私はつっこみたいのを堪えてぶんぶん首を振った。
このままじゃアウェイな服を着させられてしまう、それだったら白衣の方が百倍マシだ。
そうなの?と綺麗に畳んで入れられていた物をポイポイ傍らに積み上げていく。
「あの、これがいいですこれ!」
私はその中のチェック柄のプリーツスカートをつかみ出した。
広げて見れば長さは膝上くらいで、中高生の制服の様。
小福さんのスカートみたいにレースも着いてないし、派手な色じゃないが、私にはしっくりくる、落ち着いた色合いだった。
「ちょっと地味じゃないかなぁ」なんて言ってくる小福さん。
「これが良いんです」
「そお?いちいちがそう言うんだったらいいけど」
素直に引き下がってくれた。
ついでに、シンプルなブラウスとリボンも頂いた。
これで女子高生風ファッションの完成である。
それだけでは少し肌寒さを感じたので(白衣は意外と厚くて暖かい)おなじみの大きめなメンズのブルゾンを上から羽織る。すると、少しスカートの裾が下から見える格好になった。
「いちいちちゃんのそのジャンバー大きすぎないー?あたしのと取り替えようか?」
「いえ、これは、いいんです」
私には優しい素材の温もりだった。
まだヒルコさんの匂いが微かに残ってる。喉上までジップアップすると、なんだか落ち着いた。
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[mokuji]
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