3

もともと、この家に着いたのが、太陽が東から西へと傾き始めていたころだったので、太陽光を失ったまだら模様のウッドデッキは暖かな黄土色から貧相な黒茶に色が変わった。

夜が来る、と思った。私の大嫌いな夜。

妖の跳梁する、怖い夜。

いざないの、声。

呼ばれたいのだろうか。

不安に呼応するように、胸が一際大きく高鳴った。
無は無に帰る、原点回帰を望む誘惑が存在すると私は静かに、誰に悟られる事無く自覚を済ませていた。
求めそうになるから怖いのだ、濃紺から紫黒に変わる空の境目に目が吸い込まれる。

その時、ううんとむずかるような声がした。
眉根を潜め、唸っていたのは私の手を引いた青年。
私は誘われるように彼に近付く。
手のひらに伝わる温度はひんやりしていて、むき出しの大柱に体を預けているヒルコさんの場所も夕陽を遮られている。
肩を譲っても反応がない。
耳をそばだてれば、規則正しい呼吸が形の良い薄い口から微かに聞こえる。寝てる。
綺麗な、何時もより下にある横顔を眺める。
春とは言え、夕方は空気が冷える。
着ていたブルゾンを脱ぐと上半身にそっと掛けた。
苦悶の顔が安静の眠りの表情に変わる。
私は安堵した。

「いやーんいちいちやさしぃー」
またまた抱きついてきた小福さんは私の首にぶら下がった。
追加のお茶を沸かしてきた大黒さんから、湯呑みを受け取り私は再び、大黒さんの前に戻る。
「しようがねえな」と大黒さんはヒルコさんを見て呆れの溜息。

「水蛭子が、神器なあ…
一凛ちゃんはそう言うけど、自分の神器を気に掛ける、そりゃ召し上げた神として当たり前の事だ。逆も然(しか)り。
俺とかみさんもそうだ、俺らは一蓮托生、神は神器を操り、人々に手を差し伸べる。
器(うつわ)は其れに応え、有り様を示し道標(みちしるべ)となる。

神さんと神器はそう言う関係」

「いちいちは、かけだしさんなんだもんねー?むずかしことはゆっくり覚えればだいじょぉぶだよぉー
ひーくんはちょっと無口さんだからー、わからない事があったらあたしや大黒にきけばいいよっ、いちいちなら大歓迎」

「こら、小福、いい加減少しは落ち着いて、菓子でも食っとけ。一凛ちゃんが落ち着かねえだろう、

悪いな一凛ちゃん、ウチのかみさん、すっかり一凛ちゃんを気に入っちまったみたいで。こう長く生きてると対人関係錆(さ)び付いて中々、訪ねてくる客もいねぇんだわ」

「はぁーい」
右手を上げ間延びした返事と共に首の圧迫感が取れ、私は嘆息した。
小福さんはすとんと卓の斜めに腰を落とすと大黒さんの言い付け通り、卓上の籠の袋詰めに手を伸ばしてもっちゃもっちゃと大福を食う。頬張る姿が可愛い小動物みたい。

それにしても、来んな一軒家で二人で住んでる小福さんと大黒さんは夫婦なのかな、小福さんは随分若いように見受けるけど、私と同じ幽霊さんだったら結婚も年齢は関係ないのかも知れない。
大黒さんもかみさんと呼んでいたし、この慣れた雰囲気は今日昨日で培われたものではないだろう。

「お二人とも、とっても仲のいいご夫婦なんですね」

「いや、夫婦じゃないけど」

「え?でも、大黒さん小福さんのこと、かみさんって」

「俺の『神さん』だから、かみさん。

変か?俺は結構この呼び方気に入ってるんだけどな」

今度は私が首を横に傾ける番だった。
かみさん、がゲシュタルト(だったっけ?)崩壊を起こしそうだ。
かみさん、て奥さんの事だよね、あれ、私の認識が間違ってるんだろうか。

「あの、かみさん、って、」

「ああ、伝わってなかったか。
か、み、さ、ま、な。小福は、
あんななりであんな性格じゃあ、見えねぇかも知れないかもな。
エビス小福ってのはまあ、芸名みたいなもんで……」

小福さんを指して言う。
大黒さんの言っている、かみさん、がいわゆる天に召しますあの『神様』だと言う事を理解して、更に頭がこんがらがった。

「小福さんって神様なんですか?」

「ああ、神様ってのは、変わりもんが多くて、お互い苦労するな。
まあ、あの水蛭子に比べたら、ウチのかみさんなんて可愛いもんよ。
彼奴ぁ、今でも何考えてるかサッパリわかりゃあしねえ。
おっとすまん、これは神器の前じゃ言っちゃいけなかったな。悪い奴だとは、俺も思ってねぇけどよ」

「え、待ってください…、
小福さんは、神様で、

ヒルコさんも?」

私のトボけた問いを聞いて、大黒さんは吃驚を通り越した驚愕の表情で目玉をひん剥いた。
面相(めんそう)がもう鬼瓦(おにがわら)の様な恐ろしいことになってる。
可愛い今時の女子高生さんの小福さんは神様で、今迄私をここまで引っ張ってきた、今はぐっすり夕寝中の自由人ヒルコさんも神様、らしい。
凶悪な顔をしている大黒さんに、恐る恐る山積(さんせき)した質問を遂にぶつけて見ることにした。

「あの、その、私、何時の間にかヒルコに呼ばれて、よくわからないまま、此処まできちゃって。
私はヒルコさんのシンキ、です。
というのは言われたんで知ってるんですけど、シンキって何かの役職か何かなのでしょうか?」

視線を落とした私は大黒さんの飲みさしの湯呑みを掴んでる手が、力んでいる事に気がつく。
ものすごい力を入れているらしく、お茶の水面が小刻みに波打ってる。こわい。

「ねぇねぇ大黒ぅ、あたしお腹へったー、夜ご飯はぁ?」

「わかったわかった。

一凛ちゃん、良かったら飯食ってってくれ。何人も手間は変わらねぇしな」

「あ…、は、はい!!」

「小福、飯出来上がる前に、其奴を起こせ」

「りょうかいっ

ひーくんひーくん、起きておーきてっ
おきないと顔にマジックでいたずら書きしちゃうよ?」

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