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多めに茶葉を急須に入れ、湯呑みも三つ出す。夜卜さんは出していたおまんじゅうを一つつまみ、今日の自分の華麗なる活躍について語りだした。聞きもしないのに自分の神器の自慢を語り始める。
「やーっと雪音の方に神器の自覚ってのが出てきたって言うか?
でも、神使い荒いんだぜ?あれしろこれしろうるさくって」
耳タコな繰り返される話題にうんざりして横やりを入れてみた。
「ひよりちゃんのストーカーの方捗ってるみたいですしね」
「す、ストーカーって言うな!」
夜卜さんを攻撃する材料は主にひよりちゃんが提供してくれる。
「一凛さん、すみません勘弁してくれませんかさっきから言葉がぐさぐさくるんで」
「ああでも、」
「無視ですか」
「雪音くんも祝の器になったことですし、日沙門さまとも。前途洋々ですね」
それもすべてが些細な事だ。夜卜さんと雪音くん、ひよりちゃんは、現状うまくいっている。見ているだけで楽しそうで、日々明るく過ごしてる。
夜卜さんは理解しているだろうか、私と私の主とは、微妙なバランスで、いつ倒壊してもおかしくないということに。
「なんだよぉ、ケンカか?」
ふさいだ私に、ニヤニヤしながら、夜卜さんが言う。なんでそんなに嬉しそうなんだ。
夜卜さんは、デビュー戦にしては華々しかったかもなと私をからかった。私が成り行きとしてヒルコさんの神器として毘沙門さまと対峙することになり、急な変化に戸惑っているんだろうと思ったようだ。
「………、夜卜さん、」
「ん?」
「夜卜さんは、‥‥‥」
夜卜さんは、団子を大量に口に詰めている最中(意地汚いにもほどがある)。詰まった喉をお茶で流し込み、私の真剣な表情に気がつくと、何時もの軽い調子が引っ込む。
私はすがる気持ちで夜卜さんに訴えかけた。言葉に出す事はなく無言で、自分の行方を委ねる神に問う様な気持ちで。

戸を開く音が奥から聞こえた。雪音くんがかえって来たようだ。



「夜這いに来たみたいで、凄く微妙な気分になんだけど」と何時もの茶化した態度は崩さずに、差し出した座布団をひったくって尻に敷いた夜卜さんは、俺の身の安全は一凛が保証してくれるんだろうな、と、少し不安そうに私に確認した。頃合いを見計らい、夜卜さんは私を心配して部屋に訪ねに来てくれたんだ。
夜卜さんにとって、私の主蛭子神の怒りに触れることはやぶ蛇なようで、最近は特におっかないと言う。極力近付きたくない。関わりたくない。
其処まで毛嫌いされる言われがなく、主を貶されて苛立ちを覚えるが、夜卜さんが畏怖を感じる理由も何と無くだが理解が出来て、怒りを無表情に押し留めた。輪を掛けて何を考えているか分からない。通じた距離が狭まったと思えばその分不可侵の見えない領域も増えたきがする。その感覚。今日の出来事もその一端。だから、今こうして冷静なのかもしれない。何を考えている?と愚直に本人に疑問を投げることが一番正解に遠い。


それは、夜卜さんとしても、距離的には、ちゃんと二人きりになって話すのは、少し昔の雪音くんを召したばかりの頃から随分経つ。
第三者が介在する間接的な関係。多分夜卜さんが自分との不仲で私と主との関係を拗らせない為の配慮。私と対座している状況はリスキーでデメリットしかない。
「痴女の件は蛭子神にも一凛にも感謝してるが‥‥‥」
面倒ごとは御免だと言外に予防線をはる。
余計な事をするな、が今のところの私に言いたい事の全てなんだろう。夜卜さんも手の中にある物を握り潰さない様にするので精一杯なんだろう。
今のここに居るのも、ひよりちゃんや雪音くんの為。
私を好いてくれる彼女。今は新しい学校生活に馴染むのに忙しい。私が、私達が切り離されてしまった時間を享受する。
もう日常に忙しくしてて、忘れてしまってるか。もう時効だろうけど、忘れる事が出来ないまま、前にした頼みごと、の約束に縛られ続けているのは私の方だった。約束は履行出来ていないが楔は残り続けてる。彼女からの『お願い』は腐る私に存在の意味を与えた。
夜卜さんもこれから『忘れたくない』と言う刹那に貰った言葉一つで、移ろいやすい人生とやらを達観して、見守り続けるつもりだろうか、と考えた。雪音くんの葛藤の再来だけど、私は寧ろその執着心に危うさを感じた。
彼岸のモノは、現世の時間軸と並べると時間が驚く程ゆっくりと流れ、変化に乏しい。感情も更新されない。
身をかけて居た存在が去る段になったとき、この神様は諦めることが出来るだろうか。
神さまたちは、無意識に神器には他の替えがあるど思っている節がある様に思う。例に、毘沙門さまは道司の兆麻さんを破門しないまでも放って、陸先生も名を砕いて放逐した。夜卜さんは、最後まで雪音くんに付き添ったようだけど、それまで色んな神器を扱って決まった相手は居なかったらしい。
代替えの利く道具。そうでなくてはいけない。
私は最近みる夢の話をした。自分で、でも自分ではない夢と言うよりはっきりした映像を見せられているような夢のこと。それを聞いた夜卜さんは黙ってしまった。しばらく経って、
「それは蛭子神に話したのか?」

「い、いえ。心配かけさせたくないし、それに、」

ふうん、と平静に夜卜さんは聞いているけど、下らない可笑しな話を一笑に付すのでは無く、何か苛立ちを含むように体を揺すっている。

「ま、お宅さんたちのことは、俺はよく分からないけどな、あんま深く考えこむなって!
何度と言ってるし、一凛はその点真面目だからわかっちゃいるんだろうが、一人で何か考えてんなら、溜め込むより、蛭子神に相談しろ」
「そうですか‥‥そうですよね‥。やっぱり、ヒルコさんは優しいから‥」
「あの最凶神を捕まえて、優しいとか‥、はっ!
一凛しか言えねーだろーな」
「もちろん、夜卜さんもすごく優しい人、神様だなぁって思ってますよ?こうやって、私の話を聞いてくれて‥」
「や、‥‥やめろよっ、そーゆう変化球お兄さんすごく弱いんだからなっ」

前と変わらぬやり取りに安堵を覚えた。
存外私はまだ夜卜さんに遠慮が存在していたらしいと気がつく。もしかして立場関係なく、雪音くんやひよりちゃんが居て、もう私には興味が無くなったのではないのかと言う卑屈な心が夜卜さんを遠ざけていたのかも知れない。だとしたら、勿体無いことをした。もっと食い込む事が出来たら、私やヒルコさんの理解者になってくれたかも知れない。いや、この場を与えたもらった方に。もう、多分機会はない。

「あの、その、意味分からなかったら、聞き流してもらって大丈夫です。
いつか、夜卜さんの声が、私をすごく、一生懸命、呼んでくれて‥、って、あんまり、覚えてないんですけど…私が、此処に居るのは、夜卜さんのお陰な気がして…」
回りくどく前置きしたけど、確信はあった。夜卜さんは関わりたくないと言ってるけど、前にはなかった夜卜さんに対する信頼感が度々ヒルコさんから感じられるから。証拠に、もう神器殺しとか信用ならないとか言う暴言を吐かなくなった。
沈黙が部屋一帯を支配し、窓半分開けた窓をカタカタ風が揺らし、木のざわめきが鼓膜を揺らす。

「もう、借りは返して貰った。
たく、軽々しく自分を召した以外の神に、頭を下げるもんじゃねーんだぞ。
そうやって弱みを無闇に見せんなって言ってるのに」

互いに笑い合う。下を向かう同胞を労うみたいに、勇気と希望を私は貰った。ああ、助けられている、と思った。私は、私は自分の不運を恨み嘆いて逃避したあの頃とは違う。二度目、やり直す機会を与えられて、大事にされて、渇望していた夢が既に私の、私に手を差し伸べてくれた私の神様によって叶えられていたことを知った。死出の旅。しかし、希望があれば怖くない。

「無理を承知で、夜卜さんに折り入ってお願いがあります」

許されない事を、請い願った。

許されない事を。

罪深いことを。


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