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名残惜しくはあるけど、引き留めはしない。私が占有してしまった時間に面倒臭いこと、になった原因が一端でもあるに違いないとも、おもった。ヒルコさんが何も言わないのも、私が一端の理由を担っているんじゃないかと。私の気持ちを敏感に受け取った主は、苦笑いとも自嘲をともとれる微妙な表情をやんわり浮かべて、不安にゆれる私を諭す。
「べつに、直ぐ帰ってくるから」
その時、窓にぶら下がるヒルコさんは、何かを促すそぶりをして、ううんとヒルコさんは唸って、「これじゃアンタをあやせないな」ともの悲しく震えた。
「カタワで、本格的に出来損ないだ」
右の腕先は帯のように垂れ下がって、揺れている。それを隠すように身をひるがえして、外に飛び出していった。
この不安感は、さみしさだけによるものなのか。
お狐さまは耳早く毘沙門さまとの一件を既に存じていた。
うわさの類は「狐狗狸(こっくり)」の字名(あざな)を持つ彼にとっては得意分野だそうで、ヒルコさんには平服して、私にも賞賛の言葉をくれた。
「大神さまはこの度の件で貴方様と言う存在(神器)を公(おおやけ)になさいました。
信仰を持つ神尊としての役割を受け容れると宣言と同義でございます。
わたくしどもは人の霊魂を器として、武器を為し、常世との鎹(かすがい)が、狭間にいる貴方がたなので御座います。ただ、これから、お上の言及も厳しくなりましょう。お上の神々は、大神さまに悪感情を持って居られる方も多いですから」
春と言っても、夕方近くなるとグッと気温が冷え込み、暖かい飲み物でも頂こうと下に降りた。時計を確認すると、夕食の手伝いには少し早い時間。キッチンには大黒さんの姿はなかった。ホッとした事に罪悪感を覚えつつ、ケトルをコンロに掛けて、冷蔵庫の中を物色し、スツールに座ってお湯が沸くのを待つ。
電気も付けずに影に隠れて、膝を抱えて一刻一刻過ぎる時を怯え待つ事が私にできる事らしい。黒に侵食され闇を待つ。


パチン、という軽快な音がして、ピリピリと光が瞬いた後、辺りが明るくなって、顔をあげる。入ってきたのは相変わらず黒いジャージの、今日はちょっと汚れている、夜卜さんだ。今日のお勤めを終えたらしい夜卜さんが留守だった家主たちより先に勝手口をくぐった。
相方の雪音くんは表の店の方に用があったらしく、離れの方からシャッターを閉める音。

「なんだ、一凛か、驚かすなよ!」

のしのしと疲労感を発散しながら歩いてきた夜卜さんは、やっと隅にうずくまる私に気が付いてきゃあとおおよそ男らしくない悲鳴で飛び上がった。
湧いていた筈のケトルは火が消えていた。夜卜さんを素通りして水をつぎ足し、火をつけ直す。夜卜さんはふんふんと鼻唄を歌いながら、上の棚に手を伸ばして私の用意を手伝う。

「アイツは?」

夜卜さんのいう私に暗示するあいつとはヒルコさんのこと。
「今、お出かけ中です」
夜卜さんは世話話として話を振ったようだが、ヒルコさんがいないと聞くと少し驚いたようだった。
「ふうん、珍しいな、ここんところずっと引っ付いてなかったか?うっとうしいぐらい、なあ。
‥‥‥‥まあ、いいけどさ」
何か私に深刻な雰囲気を感じ取って、空気を読んで夜卜さんは言及するのをやめた。


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