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かさりとこすり合わさったジャンバーの身じろぎする音。不自然なバランスのとり方から立ち上がる主の陰に何気なく目を向けたときに、胸に思いついたようにぽっとある疑問が浮かび上がってきた。
私は、主をよびとめ、その黒い裾をとっさに握って、主の行動を制限した。

「ちょっと、行けないんだけど」

「あの、腕…これ…、ど、どうしたんですか」

主の右の腕の方のあるはずの膨らみと、その先が、完全に消失していた。
先ほどまで不自然を感じさせなかったのは流石というべきか。さり気なく埋め込まれていた異変を看過せずにすんだ。
存在を確かめる為に、手繰るように次にブルゾンの右腕あたりを握る。生身の肉感を期待したけど、くしゃと袖に皺を作っただけ。
不安な私の顔を見下ろして、「ん」ヒルコさんはゆっくり、首を傾ける。
たどった私の目線の先を追って、やっと何事かわかったみたいで、ああ、といたって普通に相槌を打つ。今、一瞬「何が」と言おうとした、絶対に。

「これか。……………、なくなった」

私の疑問に答えるまで、およそいつもより、沈黙が二倍長かった。
なくなった、なんて、おおざっぱすぎる説明。弁解が面倒だったか、それとも、誤魔化したかだ。平素なんの動揺も感慨もない返しで、ヒルコさんにとってはなんの重みもないことがらであることがわかる。

「あの、なくなったって、…そんな簡単に、痛く、ないんですか…?手当しないと…」

「別に、何ともない。
アンタが気にする必要はないし、今は忙しいから後にしろ」

ぴしゃりと言い放たれて私はぐうと黙ざるを得なくなる。
聞きたいことはある。いつ。血は出てないのか、痛みはないのかとか。
反応が普通すぎて、不安になる。取りこぼしたものは、二度と機会を失えば戻らない。
お客人、の方に関心が行っているヒルコさんは大丈夫しか言わない。『残っている』左手でガリガリと頭をかく。

「お、大神さま、お客人さまが…」

「わかった、行くから。離して」

私は、しぶしぶ、手から力を抜いた。誤解はしないでほしい。納得はしていないが、これ以上ごねると迷惑になるかと思って、一回引いただけ。まるで、いい子、とでもいうようにヒルコさんは薄く笑ってーーー障子の向こうの陰になって消えた。

「初めは驚きましたが、これも大神様のこと。何かご事情があるとお察しして、時期を待たれては?」と妙にヒルコさんに肩入れする感じの言葉選びで、宥められて、なんだかうまく誘導されている感じがして、腰が据わらなかった。

「面倒臭いことになった」と戻ってくるなり、それだけを現状それだけを報告して、せわしなく私の身支度を済ませると、お狐さまと挨拶を交わして私はまた、小福家での留守番を命じられる。
ヒルコさんは更に前より厳重に、私にこの二階の間借りさせてもらってる私室にとどまるように言いつけている。最近はそうそう私を単独で私を残すことはなかったので、窮屈さはさほど感じなかったが、いざ主の庇護がなくなると思うと酷く心細くなった。
ずっと前、ここにきたばかりの頃はいない方が当たり前で、さみしさに胸を焦がしたが、ないモノを恋しがるのと、当たり前のものが消える喪失感は比べるべくもない。
ともあれ、さみしい。一回その感情に天秤が傾くと、雪崩のようにそれだけになる。バランスが取れない。私は、おかしい。


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