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障子がすぱん、と開け放たれて、さっきまですがたが見えなかった小さな生き物が私の腕の中に飛び込んできた。

「一凛さま、一凛さま。
ああ、一凛さま、お加減はいかがでしょう」

「お狐さま、あの…」

「ささ、一凛さま、おぶちゃをお持ち致しました!
これでお体の方は、少しは楽になるかと」

お狐さまのフィーバーっぷりはなかなか治らなかったが、足蹴にされていた主の長い腕がむんずとお狐さまを掴み上げる。「ほぅ、狐鍋か」「大神さま!いいららっしゃったので……?」威圧的なジト目を受けて、ぴいぴいと小さな体で宙ぶらりんな体をバタつかせる。
本当にとって食われそうな絵面にヒルコさんを取りなす。
解放されたお狐さまは泣きながらお礼を言って来た。
さっきは何向きの用だったのかと伺うと、さっと敬礼して、障子の後ろから取り出した渋めの茶器を差し出した。それのなかを喜んで喉に通す。口があらわれて、芯から体も透き通っていく感じがした。

「………何処から取った」

ヒルコさんが問う。それは固く、不信感を含ませた問だった。

「おお大神さまでも、その発言はいただけませぬっ!拙宅でも、手水場ぐらいございまする!
…………もう、朽ち果てて、湧き出るのみでございますが……」

「そう、なら、今度からここから貰おう」

「ははぁ!」




この見知らぬ空間は、お狐さまのお社の中らしい。
「見た目は関係ございませぬ。中は広々、良い我が家ですゆえ」ヒルコさんは神様の中でも浮世離れしているらしいから、私も神様事情の通例になじみはない。

「で、お狐さまに何か御用だったんですか?」

「アンタが来たかったんだろう?」

全く覚えがない。ここに来る経緯が分からなかったから、場所の見当がつかない。
何のことだろうか、という顔を私がしていたんだろう、私の顔を見た主は、「もう、いい」とそれ以上語らなかった。
その微妙なやり取りも何のその、お狐さまは間にひょいっと割って入って綺麗にお辞儀した。
「あなや!一凛さま方が、わたくしに御用でしたか。
なんでしょう、なんでしょう」
気をよくお狐さまがニコニコモフモフの手を擦り合わせる。その動作が何とも愛くるしい。
可愛いモノに胸を撃ち抜かれて心が和んだが、ヒルコさんは自分が微妙に蔑ろにされたことと、微妙なあざとさが気に入らなかったらしく、尻尾を摘み上げて、無言で威圧をする。
おそらく怒りの理由もよくわかっていないお狐様が反射で謝罪を連呼している途中で、ピン、と何かに反応してその小さい耳が尖った。
お狐さまは言い出しにくそうに、苦々しい口調で、ヒルコさんにお伺いを立てた。

「あのう、大神さま…、
お客人が、いらっしゃってるようなんですが」

お狐さまの報告に、多少の溜飲が下がったヒルコさんはお座なりに顎をやる。

「出ればいい。許す」

「いいえ、それがぁ、わたくしめではなく、そのお、……大神さまに御用があるようで」

「‥‥‥‥だれ」

ぽつ、と感情もないつぶやきで問う。

「それが、その、『言えば分かる』とおっしゃられまして……、貴方様のことをご存じとみると、もしや、身分のお高い方のお使いかと…」

「……わかった、いく」

お狐さまは今に怒髪天をついてしまうのではないかと、ビクビクしながら、出た方が賢明だという提案を言外に述べる。
そんなお狐さまの様子に観念したか、それとも逃げても仕様がないと悟ったのかわからないが、ヒルコさんが実に苦い顔をして、重い腰を上げるのをみるとそのお客様が相当重要な吾人ではないかと私に予想させる。
神器として同伴すべきか迷ったが声がかからないので、いつものようにそのままここで待機だ。矢張り私に出る幕はないらしい。
何もかも平常通り。お狐さまの両手を万歳のように引っ張るときゅうとかわいらしい抗議で鳴く。


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