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ーー闇の黒と、月明りの二色しかない、部屋を仕切る白いカーテン。その向こうに、人影がある。一切黒く、塊のそれは立ち上がった。ぎゃ、と言う動物の様な汚い叫び声が劈いて。
俯くその影が、徐に此方に振り向き。片方だけ見えた眼光だけが白く、白く、光って。
夜のケダモノ。
少し前から、あらざるものが見えた。でも、今度のは飛び切り大きい。心臓のどくどくなる音が大きく感じる。なるだけ、刺激しない様に、息を潜めた。



それから、ヒルコさんの反応が急に鈍くなったから、私何かしたかなぁとりんごの刺さっていた棒をしゃぶりながら、こっそり、相手の様子を見つつ、会話の糸口を探す。
不機嫌の理由は大抵検討が付くようになっていた(大体気まぐれに理由をつける)が意に沿わないことをしたと言って私が謝るのを待っているのが殆どで、しようがない渋々といった感じで許されるのだけど、今はちょっと、何だか、様子が違う。
ジップアップしたブルゾンの中に首を入れて、余計に顔が見えない。ん、ああ、そうだなとボソボソっと口でむやむやに返すばっかりで、全然面白くない。私が屋台に寄りたい風なそぶりを出してもおかまいなし。心がここに在らず。惰性で人の流れに従って足だけ動かしてる。
この周りの浮かれた雰囲気に乗っかって話を振ってみれば、もっと、もっとヒルコさんのことを知ることが出来るんじゃないかと思っていたんだけど。一人で浮かれてる、むなしい気持ちになり、私までも黙った。
私を省みること無く、早い流れを大幅で行くので、早足になってそれについて行くのに精一杯。無理やり引っ張られる、腕が痛たかった。
しばらく、無言の競歩状態になったが、何か言おうと前に向かって顔をあげたのがいけなかった。疎かになった足がもつれ、靴が側面を突いて身体の重みで支えにしていた手が離れた。あっという間に前のめりに膝を突いて、体をコンクリートに打ち付ける。べしゃ、と物の見事にすっころんだ。





ーー夜のケダモノが言う。よく、オレに気が付いたなと。それから、私をひと目見て、ああ、なるほど、と一人で納得して黙った。ケダモノと私。いや、ケダモノはよく見ると人間の男だった。背が高く、猫背の男。キキ、とまた何処かに奇妙な声がして、震え上がって手元のふとんを引き上げた。ああ、アンタはアレも聞こえるのか。彼岸に近いと眼が迷い込む。アンタが気がつかないなら、アッチもアンタに気がつかない。だから、大人しくしてろ。男は付け加えた。それは、取り敢えず無視をしておけば安全と言うことだろうか。男の低い声には説得力があって、頷いた後に男に聞いた。男は小さな何かを腕から引き剥がして、下に叩きつける最中だった。
私は聞いた、あなた、誰ですか、と。





あっ、と息を飲む声がした。
盛大に転んだ。恥ずかしくて、冷静に考えたら誰に揶揄される訳でもないのに、かあっと頭に血が上って、ほっぺが熱くなる。
慌てて上体を起こすが、羞恥からおろおろと周りに視線が彷徨った。心配もそこまで、私の周りの空いたスペースに一瞬だけ注視した人は、今度は不思議な顔をして、辺りを見回して何事もなかったみたいにお祭りの賑わいに溶け込んでいった。
いったぁ、と手のひらを広げると手のひらが真っ赤だ。痛むと思った。確認すると、膝頭も擦過してて、血が滲んでる。痛い、痛いと主張する手と膝に不安な気持ちが後押しされて、不安から悲しみにそして、怒りに転化した。お気に入りのスカートは地面で汚れた。
どうせ、誰も覚えてない。見てもない。どうでもいい。捨て鉢になり、全ての感情が悲しみと怒りに占拠された。
意味わからない、なんで怒ってるのかわからない。もう、知らない、と思った。
なんだっていうの、私はただ、楽しく過ごしたかっただけなのに。心配なんて、しない。
ヒルコさんは、時々意味がわからなくて、自分勝手だ。怒る権利はあるはずだと、上を向くもんか、顔なんか見てやるものかと。
「おい、大丈夫か」
「………、」
「おい、」
「……、わるかった」
「………」
「わるかったから、こっち向け」
イラついた手つきで、無理矢理顎を鷲掴みされて、上を向かされそうになり、それをいやいやと跳ね除ける。
なんか、焦ってるみたいに、
「むけよ」



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