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何処まで行ってもヒルコさんは分かりやすい。明快でそれでいて、強い。
私はそんな人の神器なんだ。

次はなんだと聞かれた。おごってくれるらしい。じゃあ、遠慮なく、ちょうど、焦がし醤油の香ばしい香りがお腹を刺激したのでイカ焼きをリクエストした。屋台のおじさんから串を受け取って、大口でマヨネーズたっぷりのイカに噛り付いた。私には一杯のイカは量が多くて、残りはヒルコさんが食べた。
なんだろう、今日は。
あんまり期待してなかったけど、すごく楽しい。
更に、ミニサイズのりんご飴を買ってくれて、ヒルコさんは升酒を歩きながらうまそうに飲んでいた。
「ヒルコさんって」
「なに」
「お酒飲むんですね、知りませんでした」
周りが煩いから、ワザと小声で付けたし再びに苦い感じが胸を満たす。
今まで気を使ってもらってたのかな。
もっと私が知っていれば、もっと大人の神器だったら、我慢する事も少なく済んで、さっき見たいな寛いだ顔をたくさんさせる事が出来たんじゃないかって思う。
自分の足りないことばかりが気になってしまう。
例えば、真喩さん見たいなしっかりした自立した女性だったら、「私」が、「私」じゃなかったら、嫌な、面倒臭いこともしなくて済んだかも知らない。
その時、
テレビのチャンネルを切り替わるみたいに、
目に映った映像が、
手元で握り締める両手。
そこは静かで何もなくて、ただ、開け放しの窓から外を見てる男。
激昂する私に視線をよこす。
わたしが、わたしじゃかったら、こんな思い、させなくて済んだのに。


くしゃ、
手元を見たら、食べ始めてた別のところがりんご飴の白が露出して、かがみ気味のヒルコさんがぺろっと舌を出して体制を戻したところだった。横顔のもぐもぐと口が動いてる。
「わ、」
「甘い」
「な、なにやってるんですか」
「どんな味がするかと思って」
「じ、自分の買えばいいじゃないですか」
「それがおいしそうだった」
今度は、私の手を引っ張って一口かじり取った。
「嫌いじゃない」
「え、」
飴のかけらを指で拭って舐めたヒルコさんは、少し不機嫌になる。
「アンタが聞いたんだろうが」
「え、あ、はい、ごめんなさい」
なんで謝っているんだろうか。
ひょうひょうと心臓に悪いことをやってのける主は別にいいけど、と、枡に口付ける。
「前」
「へ?」
「前は、外で飲めるところがたくさんあった。そこらへんに。
夜半、軒先の提灯が灯ったら合図だ。
みんな集まって、朝まで飲む。
今は、もうないな」
「提灯って、あの紙の?ヒルコさんも一緒に?」
「もっと前は夜になるとみんな暗かったから、よく目立つ。
そこら辺のごろつきどもがみんな寄ってたかって、お祭り騒ぎだ。勘定全部払ってやったら、神様だ仏だと大袈裟なやつらだったな。まあ、次の夜には覚えてないが」
ふ、と懐かしそうに顔を綻ばせた。いつの話かと聞くと、覚えてない、昔と淡々答える。
いつ、なんて想像もつかない。何時ではなくて、時代単位で蛭子神の歴史は続いていて、本当に凄い神様なんだなと思う、それと同時に。人の中にこっそり混じって、一緒に過ごして、でも、一人っきりで。
やんわりと握られていた手を今度は私の方から、強く握り返す。
「アンタさ、ホント、なんなの」
いつかも、言われた気がする。


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