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今迄散々勉強まで一緒に見たのに、そう言えば個人的に合格のお祝いをしてなかった。今度何かプレゼントしたら、ひよりちゃんは喜んでくれるかな。根付よりもっといいもの。
早く、しなくては、と焦燥感が私に迫る。
何度も反芻した思いを巡らせる。周りが私を、そう、扱う。否応なしに、自覚させられる。
立ち尽くす私に人の近づく気配がする。私の主は置いて行かれたこと相当不服だったらしく、しかめっ面で、どこいってたの、と不機嫌な声。握り締めていた右手を開いて、黒いジャンバーの袖を摘んだ。そんなに深刻そうな顔をしてたのか、何だ今度はどうした、と顔をのぞく。ほのかにお酒の匂い。
「あ、の‥少し、寄り道して行きませんか!」
私の口から飛び出した提案にヒルコさんは虚を突かれたようで、
「なんで、そんな必死だ」と苦笑し、離さない私の指をちらりと、
「ああ、いいよ」

流れで何と無く左手を取られた。
商店街の先を抜けて、住宅街に出る。ずんずん進んでく背中と高めの後頭部を見上げて、上には、ぬけるような青空。抜け出した罪悪感とか心配とか飛んでしまった。指を大きな温いもので包まれる感触とか前にと強制されるちょっと自分勝手な扱いとか、そんなものにときめいてしまって。
昔を、出会った頃を思い出したり。でも、合わせられるペースを分かってる歩幅の取り方だからもう転んだりしない。積み重ねた時間。とくん、とくん、とない心臓の辺りから、少し早い鼓動の音がする。嬉しい、楽しい、愛おしい、とこんなに、心が叫んでる。
何処も桜は満開に近くて、散歩を楽しむのはうってつけだった。やっぱりお酒の匂いが体臭に仄かにする。顔が赤いとか、足元が覚束ないなんてことはない様だ。それとなく聞けば、酒は酔わない、だそう。
陽気は暖かく晴れ晴れしい。
ひよりちゃんの様に学校は春休みシーズンで、子供連れの親子が多く、遠慮ない幼い声に母親が遠くで答えていた。少し広い十字路に出た時、少し人通り具合が増して、その人たちが一方向を目指して歩いているので、人並みに乗り、合流した一直線の並木通りは全て桜、ピンクの帯が果てなく続いていて、道路は人でひしめきあっている。
屋台が密接して並んでいて、カラフルなテントからソースと甘い匂いがしている。屋台には『たこ焼き』『カステラ』『金魚すくい』『お面や』なんて言うのもあった。威勢の良さそうなおじさんやお兄さんが、手際よく道具を使って粉ものを焼いている。
「お祭り、ですかね」
「うん」
見回していると今日は、町会の春のお祭りなのさ、とおじさんに声をかけられる。屋台で半袖に軽装で、熱気から汗をぬぐって、よかったら買っていかないかいと言われた。安くするよ。困って、ポケットを探ったけど、今は手持ちがほとんどなかった。宴会で出されるごはんを当てにしていたので、大部分を家の荷物を置いてきた。
その間に、ヒルコさんが戻ってきて、兄ちゃんもどうだい?と言われたのを軽く断ってから行こう、と言って背中と後ろから押してきた。じゃ、楽しんで、とお兄さんの陽気な声。親切を無下にしてしまったみたいで、いいのかなあ、と迷いつつ促されるままでいると、コレ、と上から、持ってた二つのうちの片方の紙コップを手渡された。
あったかい。お酒と、甘い匂い。ヒルコさんは摘んだ紙コップの中身をくぷりと一口のんで、私もそれに習う。甘いお米、とお酒の風味。甘い癖のある味がすごくおいしい。
「コレなら、アンタも飲めると思って」
「あ、甘酒って初めて飲みました!
お酒って匂いがきつくて嫌な感じでしたけど、これはすごくおいしいです」
「気に入ったならよかった」
「はいっ‥でも、私、一応未成年な気が…‥」
自分の正確な年齢は、知らないけれども。
「なにいまさら。
アンタが好きなものを食べればいいだろう。オレもそうする」
「‥‥はい、そうですよね」


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