1

淡い桃色、白、ピンク、花びらが風に舞い上がる。
鈴巴くんと交流があったという雪音くんが教えてくれた、鈴巴くんが大切に世話をしてた、桜の木。近所の川沿いの道途中にあった。
洞が幹に露出しているけど、やっぱり、見事な桜。一度台風で倒壊したとは思えない。折れて病気になっていた所を世話を続けて、立派に回復させた。
少し前に、雪音くんに案内されて来ていたけど、まだ蕾ばかりで、花はまだほころんでなかった。
瀕死の状態から、木が再生するまで、どのぐらいの時間を費やしたんだろう。相当時間がかかったんじゃないだろうか。樹医の様な彼でも、途方もない。
毘沙門さまの所でも、みんなの気が付かないところで、植物の世話をしていて、一人だった私は陸先生を手伝う傍らに、器用な手から、植物の扱い方、丸薬の作り方や煎じ方を学んだ。
器用でよく働く優しい手は、こんな身近な下界の場所でも、施されていた。鈴巴くんの優しさで救われた沢山の植物の中の一つ。
開いた洞の横、目線より少し下の幹を注意深く探ると、刀傷で荒く文字が彫ってあった。かなり古く、年月が経っていて読みにくい。
私はお礼も謝りも出来ないまま、向こう岸に渡って行ってしまった。
これが、彼の証。

ごめん、とありがとうを言って、少し後ろに下がった。全体の眺めを心に焼き付けておきたかったから。ざく、ざく、と草を踏みしめて、こっそり、私が連れてきた上背の横顔を見た。
私の右後ろの少し離れた所で、私の主は愛用の黒いブルゾンに両手を突っ込み、いつものいで立ちで、ぼうと桜を眺めている。草臥れたような気が抜けている様相、猫背、緊張感のない雰囲気。考えは読み取れない。
感じる空気のままに、その場に溶け込む。
彼の頭の上にも、私と同じようにピンクの花弁が降り注いでいた。
「なに」
敏感に私の視線を受けて、無防備な表情で私にそっけなくいう。
「え、いえ…」
真っ黒の髪の上に花びらがくっついている。それが妙に似合って、なんだかかわいいので指摘しないで黙っている。結局身震いした所為で落ちてしまった、もったいない。
「‥‥‥綺麗ですね」
「うん、綺麗だ」
「今年も、一緒に見れてうれしいです」
「そ」
しばらく花びらが揺れる音に沈黙を任せていると、不意においと声が掛かった。
「アンタの言ってた用事とやらは、終わったのか」
「え?はい‥‥‥」
すこし、早口で後付けした。
「ヒルコさんと一緒に来れたので‥‥、
鈴巴くんに、あの…、ヒルコさんを紹介したくって。
鈴巴くんは私のこと、すごく心配してくれたから‥
もう、心配ないよ、って言いたくて…‥」
「毘沙門の、スズハ」
名前をなぞる声に顔を上げると、違うのとヒルコさんが首を傾ける。いえ、と私は、俯いて唇を噛んだ。自ら死を選んだ神器。最愛な人の神器であることより、寂しさからの開放を選んだ。
もう、会えない。

本当に、綺麗だ。




[ 73/95 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



TOPに戻る

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -