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最愛の神器を抱き、響く毘沙門の激しい慟哭。毘沙門は子供のように泣き、涙で長年に積もった痛みを洗い流す。

其れを目の当たりにした大神の神器は、全ての元凶が自分であると捉え、胸を痛め、自分の無力さを嘆いた。地は血にぬれ、毘沙門の周りには、かつての同胞たちが息も絶え絶えに、病んで伏している壮絶なる光景成れば、かつてその身を置いていた場所への懐かしさと薄々気が付いていて無意識に嫌悪していた健全過ぎるがゆえの綻びを我関せずと放置していた己の都合の良さに更に自己嫌悪へと陥っていた。

動揺を抑えようと抑える口元の指が小刻みに震えた。
解放された神器は、膝をついたまま、身を固くして、蛭子神の影に隠れ、震えている癖に己の罪に目を反らすことが出来なかった。毘沙門と兆麻、そして現れた全て黒幕の毘沙門が神器、陸巴。

「なーんでそこで水を差しちゃうかなぁーー!!
我ら夜卜さまが全部片付けてくれりゃあ、みんな楽になったってのによぉ!」

蛭子神の体の向こうでカタカタと震えているだけの一凛を鼻で笑い、舞台に上がった陸巴は泣き濡れる哀れな主にこの惨事を見ても続けるつもりであるのかと問い掛けた。
刺したのは自分ではないと身の潔白を毘沙門へと訴える陸巴の姿は、一凛にはとても切実に移り、身を引き締められる痛みが伴い、何故だか悲しさがこみ上げた。
為す事をと、毘沙門が陸器を放った。毘沙門の名前を呼び続ける陸巴。突き動かされる様に身を乗り出し「陸、先生……!!」届かぬ事を知りながら手を伸ばした。藁をも掴む陸巴が一時であったが一凛を捉え、名前を口に。

「やめろ」

向かう事叶わず、掴まれた腕ごと身体が引っ張り戻される。
使命感ははたまた本能がそうされるようで、理由なく従わざるを得ない、理屈が体の中で蠢いて、一凛の万全でない体に無理を働いている。何故か分からないまま、陸巴の逃がされた痕跡の後を追おうと一凛は暴れた。しかし常軌を逸する一凛の奇行にも蛭子神は動じず、両方の腕を後ろから拘束して、緩めない。更に一凛が焦れ、乱暴にふり払おうとした振り上げた右の爪が蛭子神の顔に赤い筋から作り、

「ご、ごめんなさい」

我に返った一凛。
すこしの沈黙の後、ああ、と頷き、と明後日の方向に視線をズラした。
一凛は一時は陸巴に付いていた放浪の神器だと知っていた周りは、一凛の執心を陸巴に対する同情からだと受け止めて、なん足る情の厚さかと感心したり、仇に情けをかける一凛を不振がったりした。

皆、夜卜も雪音と蛭子も、一凛も憔悴しきっていた。ひよりは夜卜と雪音、一凛と無事を確認すると満足したようで、一凛には二言三言告げると自然に意識は元の体へと戻った。

朝焼けの街を歩く。
帰りの一凛は、他に聞くべきこと星の数であるのに、蛭子神の後ろでずっと「痛く、ないですか」「本当に、ごめんなさい」「怒って、ます?」蛭子神の顔色を伺って手を擦り合わせていた。束になって固まった髪に、サイズの大きい汚れたトレーナー。トレーナーは蛭子神がやったそのままである。
一凛の思考も憔悴と疲労で、冷静な思考が出来ないようで、一番の単純な心配事しか頭に無いようだ。赤子と同じ。
雪音は、ひよりが拐われる前、夜卜そして蛭子神とのやり取りがあった事を知らない。
雪音はハイのテンションのまま、屈託無く蛭子神の毘沙門との大立ち回りがどんなに素晴らしかったかを語って、一凛に器に付いて色々と尋ねている。
素知らぬ顔ですこし前を歩く蛭子神の後ろ姿に追い付いて、夜卜は蛭子神に声をかける。

「.……、おい」

「………」

「その、なんだ。
さっきはな、俺ぁ正直、お前らが入ってくれなかったら、やばかった。
あいつを、雪音を神殺しにしちまうところだった。
だから、一応、感謝してるっ、て事だけ伝えとく。
どぉせ、ヒルコガミ様には?
俺からの、お礼の言葉なんて、まっっったく必要ないんだろぉけどなあっ」

「名無し神にしては、殊勝なことだな夜卜神。
安心しろ。アンタらの為じゃない」

「そーゆうだろうと思ってた。
けど、お前なぁ、折角俺が、感謝の言葉をだなぁ」

折角の感謝の言葉を無愛想に突っ返されてブチリブチリと文句を言う夜卜。言うて、野良の甘言のままに毘沙門を切らずに済んだのは隣の蛭子神と一凛のお陰である。
だが、蛭子神が能動的に動く訳がない。だから、夜卜は聞かずには居られなかった。

「……大丈夫なんだろうな」

「なにが」

何が、一体、どうやって。

「……いや、」

だが、夜卜は鉾を収めてしまう。神が口にすると言う行為は何らかの形を与えること。
ゲンを担ぐ、神ならば尚更其れをすべきではない。
一凛は、勢い良く抱き付いて来た小福に圧倒されながらもしっかりと抱き締め返して、小福を慰めている。大黒が男泣きをして、おおんと狼みたいに唸っている。夜卜が自分の神器の活躍を得意げに語り、天神と真喩が驚きの声を上げて、本人雪音が照れ臭そうに頭を掻いている。
その様子を、少し離れた場所で眺めている。
喧騒の外の蛭子神は黙って、無表情を貫く。
輪に入らない、蛭子神という男神の性質。蛭子神の頬から髪へ下から撫で上げた突風が、裸の樹木の枝を揺らす。目を閉じる。蛭子神は、独りだ。
久しぶりに訪れた静寂を堪能していると、背中にぼすんと何かが体当たりをして来た。
何だと億劫に振り向く。蛭子神の神器の少女が背中に顔を埋めて、目だけ上に蛭子神をじいっと
恨めしそうに見つめている。珍しいことだ。この神器は普段余り積極的ではないのだが、悩み事が氷解した朝のテンションにその他の者どもと一緒に浮かれているようで、蛭子神の冷ややかな視線に我に返って、その後、恥じらった下手くそな笑顔。
むしゃくしゃする。何故か気に入らず、些細な抵抗に一段下の丸見えのつむじグイグイ押して、嫌がる神器に更に嫌がらせを掛けた。
羽織の袖を引っ張って、歩みを促す。帰りましょうと、神器が、まだ騒いでいる夜卜達の方に促す。間借りするのが便利でズルズル居ただけの、あの飽和状態の家が狭い世界しかしらない神器にとっての帰るところ。
先も分からないまま、一歩踏み出す。






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