5

毘沙門邸の大広間。
静まった夜が辺りを覆う。

荒ぶる神が感情のまま、神器達を名で縛る。
毘沙門の神器は悲鳴を上げ決死に抗おうと暴れるが、苦痛と穢れに共鳴して、次々に病んでいく。祝を手にした野良神一匹が、満身創痍で膝をついている。地獄絵図。その中に、かつて昔に災厄を中つ国に撒き散らしたとされる最悪の神が舞い降りる。誰もが蛭子神に注視した。一撃に、地を砕き、武神二柱を黙らせた、アレ、は、何だ、と。あの禍々しいモノは、何だと。
恐怖心だけが煽られていく。
災厄が。天がついにお怒りになり、あの、禍々しいものを使わせたのだと、誰もが絶望した。神器を携え夜卜の前に佇立する蛭子神。単純な圧倒的な力。本来の、蛭子神のそれ。中つ国をいいようにし、魔を操る。
存在そのものが毘沙門の喩える『禍ツ神』そのもの。

七福神が一神、毘沙門天は穢れの神を見止とめ憎しみを露わにして対峙した。
大剣を構え直す毘沙門。逡巡する夜卜をのけて、蛭子神は前に立った。外野は恐れおののき、悲鳴を上げる。
騒がしい周りに頓着ぜず、蛭子神は平素と変わらない、のらりとした動きで黒黒とした手当を締めなおした。

「ウチのが、世話になったな」

嫌味か本心か、ぐるりと首を回して髪をかき上げる。毘沙門の唇が微かに戦慄く。

「ざまはないな、毘沙門天。

見下してた落ち神と同じ所まで堕ちるのは、どんな感じだ」

「そこを退け!何故、貴殿が、ここに居られる!
そうか……」

毘沙門はしばし沈黙した。

「蛭子神、やはり、貴様もまた、禍ツ神の仲間だったか!
諸共、滅してやる!!」

「仲間になったつもりは無いんだが」

「戯れるな、下郎!!」

焦れた毘沙門の大振りが降ろされる。蛭子神はすっと目を細めて、緩慢に毘沙門を相手取り、右を引いて構えた。
蛭子神は至って冷静だった。
一太刀を蛭子神は、さして大仰もなく、右甲で受け止め弾いた。
衝撃を凌いだ右足を起点にしてくるりと体を回転させる。後ろから振り上げられた踵が毘沙門の胴に入った。鮮やかな身のこなしからの反撃に、毘沙門は後ろに飛び下がる。
毘沙門が、身構え大剣を構え直した時、蛭子神もまた、ゆるりと両手を掲げ半身に臨戦体制に入った。
蛭子神は、向かってくる攻撃に対しては応戦するが、相手が攻撃の手を休めるとじっと相手の動くのを待っていた。蛭子神の手足は寸分の違いなく同じ軌道を辿る。
しかし、動き一つ一つのを吟味するように調律を加え、変わりない動きに変化が現れる。
両手を覆う武具が、毘沙門の攻撃をはじき、受け止める。武具有りきの戦い方に其れに構えと動きが順応して行き、更に奥へ。もっと、大胆に。
自分の両手を覆うもの。価値ある形。存在。
一人の神器を従えて、今、蛭子神は、此処に立つ。


主と交わる喜び。使われる事で、相手に必要とされている充足感。何度経験しても、何者にも代えがたい。酩酊しうっとりした表情で、一凛は蛭子神に寄り添った。
蛭子神の耳元で、静かに囁く。

『可哀想な毘沙門さまを救ってあげましょう』

私たち、が、武神、毘沙門天を、救ってやる、のだ。
刺さったままの小さな棘。一瞬抱いただけの憎しみが増幅され、復讐心に囚われる矮小な魂、歪んだ望みを禍ツ神は静かに受け入れる。蛭子神もまた、形を二度と成さないものを、保つため継ぎ足すことに腐心している哀れな魂の一つだった。善悪がそこに有ろうか。
在るのは、欲望という名のエゴだけである。羽毛に包まれたように。まるで胎児に返ったかのような、感覚を追い求める。頬に触るのを。額に触れるのを。呼ばれるのを。渇望する。

蛭子神は密かに頬を緩める。
神としての立ち位置を放棄し己の欲望を満たさんとする落神にしては穏やかに。
満足げな笑みであった。落ちたものよ、と。


「夜卜、…蛭子神様!!
もう、止めて下さい!!」

少女の一声で、夢は終わる。


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