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かくして、ひよりは、助けに来た兆麻もろとも攫われて、陸巴は、戦利品を高天ヶ原に在る毘沙門邸の別棟に持ち込んだ。
平屋の専用に作られた薬師の庭には、今や訪ねて来るものもおらず、唯でさえ、道司で一族をまとめあげていた兆麻の突然の解雇で邸内は騒然としていた。
陸巴は薬、原料や資料で雑然とする部屋にわけはいり、奥の堅牢な鉄格子の前に行く。妖を閉じ込める用途で使う物で、大柄の獣は余裕で捉えられる程である。
中に囚われた穢れの神は、身を投げ出したまま気付く気配はない。薄汚れた、ホコリの匂い、土と、点々と喀血(かっけつ)の跡があった。

「ばっっかじゃねぇーーーーの!
こーーんなに上手くいくなんてなあ!
はっはっは!!」
泳がせていた餌に遂に獲物が食いついた。望んだ物が、今手中にある。
「此処までくるとあわれなもんだ」
「陸先生!」
切実な声で鋭く陸巴を呼ぶ。
外套を頭から被った藍巴は決死に陸巴に駆け寄った。
「藍巴、よくやった!
これで姉さまを狙う不届き者を捉えることが出来たぞ」
「それより、どーしてくれんのよ!
百杖を使ったらこんなに!
こんなじゃ、人前にでられない!
私嫌よ、御祓なんて恥さらしなこと!」
剥いた目、体の端々に巣食う魔。藍巴は重篤な病みに侵されていた。
こんな筈ではなかった。ただ、主の為だと聞いていたから、従っただけなのに。泣きじゃくる藍巴を無視して、陸巴は横薙ぎに山積していた道具諸々を退かす。既に作業用の大机には、大きな大きな白い繭の様なものが異様な存在感で大体の場所を取っており、時にうねり、キキ、と言う不気味な妖の鳴き声を上げている。丁度、小柄な人間の大きさを持つ固まり。
その藍巴はその物とも付かない、生き物の卵の様なものに、泣くのを忘れ、魅入った。
モゾモゾと動く、それに藍巴は身を引いた。

陸巴は落ち着いたもので、腰の麻袋から柄物取り出し慎重に歯を入れた。

「く、陸、先生…、
それ、ナニ?何をして、」
「ちょいと待て、傷付けたら、台無しだからな」
丁度頭上から下まで一直線に歯を進めると「よしよし」と作業の手を止めた。
薬棚から、「今日の分だ」藍巴の方に薬包を放り、自分はすぐ後ろの机の帳面にサラサラと書き加える。

「ところで、藍巴。
知ってるか?常世にも現世にも関わりのあるモンは、神の身体より扱いが難しいんだよなぁ。
オレらは魂に『仮名』の呪を掛けて形を保ってる。
優秀な薬でも抑え過ぎれば、霊魂に支障を来す。要は、バランスなんだよ、バランス!
分かるか?」

「く、が、先生、ソレ、なに?
ひっ、」

「丁度良い実験台に恵まれて感謝しなきゃなぁ、藍巴。一番の恩恵を受けてんのはおまえなんだから」

「いや、だって、そんなの聞いてない!
壱岐ひよりと、蛭子神だけって。それにーーー」

「オレに従え、藍巴。
奴と同じバケモノになりたくなかったらな」

藍巴は陸巴の恫喝に威勢を無くして、のろのろと立ち上がる。
着々と舞台が整いつつあった。


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